「式場、ファフで良い?」
朝起きた、ディアンの第一声はそれだった。僕の中で渦巻く様々な疑問にまるで気がつかないようで、とうとうと結婚式の式場の説明をしてくれる。
「とりあえず、教会はファフが一番近いんだけど・・・ ファフの教会だと来たいって希望する人が多すぎて手が足りないみたいだからスタッフを借りてくるみたい。 スタッフはクロムが呼んでくれるらしいから安心して良いよ。 そうそう、ドレスの話だけど寸法を測らなくちゃいけないから今度H&Nのナタリーさんが直接測りに来てくれるって。 その時にドレスに注文があれば言って欲しいってさ・・・それで」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って? え、ディアン? 何したって?」
「だから、式場予約したって。 クロムにみんな祝福してくれてるから、早く式場予約してくれって言われてね・・・ サバトの皆を抑えるのが大変なんだって・・・」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、困ったような溜め息をつく。でも、その表情の奥は喜色が滲み、口の端は緩んでいる。
「おーい、イル? 聞いてるー?」
ディアンの声で我に返る。
「えっと、あ・・・ごめん、ちょっと急だったね・・・ 勝手に決めて悪いんだけど・・・クロムとかが早く決めてくれってせかすから・・・ え・・・イル? なんで泣くの? 怒らせちゃった?」
僕の頬を温かい液体が伝うと、ディアンは分かりやすく狼狽した。ディアンの狼狽する姿はなんだか可笑しくて、面白い。ずっと見ていたくて、僕は声を上げて泣いた。
・・・
「なんだよ・・・泣くから驚いたじゃないか・・・」
「えへへ・・・ グスッ だって嬉しかったんだもん」
腕の中で鼻をすすりあげながら笑うと、ディアンは恥ずかしそうに顔を背ける。本気で心配してくれていたらしく、ちょっとだけ拗ねてしまった。僕はその顔も好きだったりする。
ディアンの胸に顔を押し付ける。
さっき流した涙が嬉し涙だって分かって、ディアンが慌てているのを見たくてすぐに言わなかったのも分かるから、ディアンは拗ねている。温もりを感じていると、そっと僕の身体を抱く力に少し力を込めた。
「もう・・・グチャグチャじゃないか・・・ほら・・・」
そっと指で僕の涙を拭い、それからポケットからティッシュを取り出して鼻をかませる。オデコにキスをした。子供扱いされている気がしたけど、今は嬉しいから許してあげよう。
「じゃあ、二人で決めようか」
ディアンに膝の上にすっぽりと収まって抱かれるような体勢のまま、僕は様々なカタログに目を通す。ケーキ入刀用のウェディングケーキはどれが良いか、ウェディングドレスはどれが良いか。ついでだから、スーツも新調してしまおうか。楽しくおしゃべりしながらディアンと決める。
「スーツとドレスは、前日に僕が預かって良い?」
「どうして? 結婚式場で受けと取った方がお互い楽だと思うけど」
「前日にスーツに僕の匂いをつけておきたいの♪」
「おいおい、恥ずかしいだろ」
「駄目?」
「ううん・・・駄目じゃないよ」
「やった♪」
歯の浮くような台詞に笑いあう。まったく、恥ずかしいったら有りはしない。でも幸せだ。ディアンもそう感じているようで嬉しくなる。
「とりあえず、測定しに行こうか」
「うん!」
・・・
「ハインツです」
「ナタリーだ」
「お待ちしておりました、ディアンさん。 どうぞ奥へ」
「イルは、こっちだよ」
H&Nの本店までクロムの転移魔術で送ってもらうと既に話はついていたらしく、簡単に自己紹介した後はすぐに店の奥の方に連れていかれた。もちろん、同じ部屋で測定する訳にはいかないので隣同士の部屋で、測定することになる。
イルの面倒はナタリーさんが見てくれるのだが、イルは僅かに緊張気味だった。診療所でも簡単な問診をできるようにはなっているが、イルは初対面の人と話すのが苦手だ。ましてや、特にアラクネのように眼光が鋭い魔物だと、恐がって一歩退いてしまう。
そこがまた良い、と強気な魔物には好評だったりするのだが、いつかは直さなくちゃいけない癖ではあると思っている。
「気になりますか?」
イルがナタリーと一緒に部屋に入るのを見ていると、ハインツは訊ねた。
「えぇ、少しだけ」
「大丈夫ですよ。 ナタリーは襲ったりしませんから。 多少口の悪い時もありますが、なんだかんだ言って優しいですよ」
ハインツはそう言って笑い、俺は、でしょうね、と頷いた。
慣れないとアラクネの眼光や爪の鋭さには引いてしまうかもしれないが、まとう雰囲気は温かみがある。相手を引っ張っていってくれる安心感のあるナタリーと、一目見ているだけで危なっかしいと思ってしまう頼りない雰囲気を持つイル。対極な二人であるが、なんとなく見た瞬間に気が合いそうだと確信した。正直な
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