大通りから少し離れた静かな所にあるディアンの家は二年前に報酬代わりにジャイアントアントが建ててくれたらしく、一階は診療所で二階が居住空間になっている。僕は、二階の元物置の部屋を整理して空けてそこに下宿させてくれる事になった。
ファフは魔物にも穏やかだけど、入った事はないので知り合いも門番のリズエぐらいだ。ジャイアントアントやサイクロップスみたいに特別な能力がある訳でもなく、小柄でなんのツテもないのに仕事にありつくのは流石に難しい。
夜だけやっている色を売る店という選択肢は無い訳じゃないけど、それでは本末転倒だし、ディアンが僕の事を薬師見習いとして雇ってくれた。
一瞬“材料にされるの?”とか考えたけど、材料になる部分は足の人で言う爪みたいに伸びてくる部分だけらしいし、仮に全身を材料にできてもやらないよ、と苦笑いされた。
1つ、町の中で人を襲わない事
1つ、ちゃんと手伝いをする事
1つ、何か困ったら相談する事
結局、ディアンが僕を診療する上で提示した条件はたったの三つだった。
「今週も身長が伸びているね」
「ほんと?見せて!見せて!」
身長をカルテに書き込みながら、ディアンは自分の事のように嬉しそうに目を細めた。カルテを見せてもらうと、確かに身長が伸びている。一ヶ月下宿したうちの最初の一週間は町に長期滞在するための手続きや治療する前の検査をしていたため、ほとんど何もしていないので一週間あたり5センチも伸びている計算になる。
成長のペースは多少遅くなっているものの、このペースで成長すれば、あと三ヶ月もしないうちに立派な成体になれるらしい。
「早く成体になって、襲いたいな!」
「駄目だよ、イル。そんな事を言っては」
僕が思わず言うと、少しだけ困ったような表情をディアンは浮かべた。
いけない、いけない。
ファフ自体が教会も含めて魔物の存在を黙認はしていて、町の住人も友好的なので失言しても笑って許してくれるし、もちろん、ディアンも親魔物派の人間だ。けど、外から来た旅人が親魔物派とは限らない。
町の外で“人を襲いたい”なんて冗談で言ったのを反魔物派に聞かれて教会にヒドイ目に遭わされた知り合いも少なからずいる。
「ごめんなさい」
「うん、分かれば良いよ」
机の上でトントンとカルテを揃えるとニッコリと笑みを浮かべた。
用心に越した事はないのだ。
「あ、魔法薬を渡してない」
ポン、とディアンは手を打って戸棚から5本の小瓶を取り出して僕の手の中に置いた。
「これ、多くない」
一日一回飲めば効くので明らかに多い。薬の量を間違えるなんてディアンらしくないな、と思いつつ顔を上げると微笑を浮かべていた。
「あぁ、3日分だからね。2本は予備だけど
イルも俺が毎日薬を管理するより、自分でできた方が良いだろ」
「そうだね」
今までは、強い薬という事で様子を見てもらいながら使っていたけど、なんとなく要領も掴めてきた。当たり前だけど、ディアンに何から何までお世話になる訳にはいかない。自分の事ができなくては、一人前の魔物になるとか、人を襲うとか以前の話だ。
「じゃ、それ仕舞って、準備したら出掛けようか」
「うん」
・・・
「三日後の午後から休みで、用事があって通りに行こうと思うんだけど一緒に行く?」
この前、ディアンがそう誘ってくれた。
通りには人がいっぱいいて、道の両側には店が立ち並ぶ。時々、患者としてやってきて見た事のある人が露店で気さくに声を掛けてくれたりした。
はぐれないように手を握り、ディアンが服を買うとお店の主人は僕のためにおまけしてワンピースをつけてくれたので、ちょっとその気になってくる。確か、町にいる魔物は人からの貢ぎ物がいっぱいあるとかなんとか。どこかのサキュバスは領土の半分を王様に貢がせた、というのも聞いた事がある。
「何にも知らない人が見たら、僕が誘惑したように見えるのかな?」
「単なる、買出しなんだけどね」
だからって間違っても襲わないでくれよ、とディアンは釘を刺した。
もう、少しくらい気分を味わわせてくれても良いじゃないか。
現に僕だって約束は守っているじゃない。全くディアンは優しいくせに、こういう事にはデリカシーが足りなさ過ぎる。
「魔物だって約束ぐらい守るもん!町の中で襲ったりしないよ」
なら安心だ、とディアンは笑った。
言っておいてなんだけど、僕みたいな魔物を信用して良いの?と思わず訊きたくなってしまうくらいに簡単に魔物を信用する。ディアンは僕が嘘をつくとは考えてないのだろうか、それとも、僕が襲ってきても問題ないとか失礼な事を考えているのだろうか。
「そういえば、魔物ってなんで人を襲うの?」
「・・・へ?」
まさか、そこから?
「いやいや、それは理屈として
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