幼い森の暗殺者と、怖くて優しい人

山賊退治。
それは、彼が言うには楽な依頼のはずだった。
港町ライカのギルドに張り出された、ありふれた依頼。
場所はライカから北東へ約十キロほどの森林地帯。
最近、その辺りを通る行商人が十数人ほどの山賊に襲われたらしい。その商人からの依頼で商品を奪還してほしいらしい。そしてついでに、山賊も撃退して欲しいらしい。
場所もおおよその位置は特定され、対象の人数もある程度は把握されている。が、実際は彼が言うほど簡単な仕事ではない。
しかし、依頼内容と比べ随分と割高な報酬に彼は惹かれた。
そしてその森林地帯で、彼は山賊たちがキャンプをしたであろう痕跡を発見したのだが……。

「ざまぁみやがれ、バーカ」

それは、酷い有様だった。
引き裂かれたテントの中には、致死量と言っても過言ではない乾いた血のあと。周囲には、慌てて移動したかのような無数の足跡。
どうやら、ここでキャンプをしているところを何者かに襲撃されたらしい。テントの壊れ具合から、それが人間の手によるものではないことが明らかだった。

「何の仕業かは知らねェが、手間ァ省かせてもらったぜ」

そう言って彼はキャンプ地のテントを漁り始めた。
荒れ果てたテントの奥に佇む、商人が彼に依頼した風呂敷。その他にも旅人から強奪したのか宝石までごろごろと転がっている。

「ほぉう? 行きがけの駄賃だ、もらってくぜ」

バックパックに入るだけの宝石を詰め込み、彼はにやにやと嫌らしく笑う。
その時だった。

「ぐぉおおおおおお!!」
「っと、おいでなすったかァ?」

獣の雄叫びに彼が振り向くと、数メートル先で二メートルはあろうかという巨体の熊が咆哮していた。その口元が真っ赤に染まっているのに気付いた少年が、にやりと口元を歪める。
どうやら、あの熊が山賊を襲ったらしい。
彼はバックパックを体から剥ぎ取りテントの中に放り捨てた。

「やれやれ、こんな場所でキャンプするなら熊除けの鈴くらい持ってろってんだ」

そう言うや否や、彼の服の袖から鋭利なナイフが飛び出る。
彼はこちらを向いて歯を剥き出しに唸る熊に突進した。

「ぐがぅ!!?」
「てめぇに恨みはねぇが、どうせだから死んじまいなァ!」

肉薄する少年に熊が大きく腕を振りかぶる。
彼はそんな熊に構うことなく突進し、熊が腕を薙ぎ払うのをかわすように跳んだ。

「ぐる!?」
「その首、もらいうけるぜェ!?」

そのまま彼は熊の巨体を足がかりに跳び越え、熊の背後から首に腕を回す。そして、ナイフの飛び出た袖を熊の首に突き刺した。

「ぐがッ!?」
「おるぁぁぁああああ!!」

彼が乱暴に叫び、ナイフを突き刺したまま捻る。
みちみちと筋肉の裂ける音と、熊が苦しげに暴れる音が森の中に空しく響いた。

「ぐ……が…ぅ…………ッ!?」
「あァ、ダメだダメだ、全ッ然ダメだなァ!」

返り血を浴びながら、彼は熊の首からナイフを抜いた。
そして、今度は勢い良く後頭部にナイフを刺し込む。

「こんなんならライカの駐屯兵の方がまだマシだぜェ熊公!」

そう言って、少年は何度も何度も熊の頭部にナイフを刺し込む。その度に、血飛沫に彼の服と顔が赤く汚れる。
熊の巨体が、ぐらりと傾いだ。

「あン? 何だァ、もうくたばっちまったんですかァ?」

ペッ、と唾を吐いて少年は熊の背中を蹴って跳んだ。
熊の巨体は、そのまま吸い込まれるように地面に倒れこむ。

「ざまぁねぇなァ、賊のバカ共もてめぇもよォ」

ナイフについた血を近くに落ちていた布で拭き取りながら、少年はおかしそうにくっくっと笑う。

「まぁいいさ。おかげで俺が楽できたからなァ」

そう言って、彼はテントの中のバックパックと風呂敷を取り出す。
他にも盗品と思しきものがいくつか転がっているが、少年はそれらを気にも留めずに立ち上がった。

「けけけ、いい儲けモンだったぜ」

どうせだから熊から毛皮を剥ぎ取ってやろう、彼がそう思ってテントから出ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。
雪のように白い肌に、大きく切れ長の感情のこもっていない瞳。そして、子どものような体躯とは不釣合いに大きな鎌。
子どもではあるが森の暗殺者、マンティスだった。

「……ンだよ、チビ」

袖に仕込んでいるナイフをいつでも出せるように身構えて、彼はマンティスの少女を睨みつける。
マンティスの少女は、相変わらずの無感情な瞳で彼をみつめたままかわいらしく小首を傾げた。

「……ったく、魔物ってなぁどうも苦手だぜ」

危険が無いことを判断した彼は、仕込みナイフを袖の奥にしまいながらやれやれと肩をすくめた。
彼は、マンティスの少女に歩み寄る。

「そこの熊、俺が仕留めたからもらってくぜ?」
「…………」(こくり)

少女が頷くのを確認して、彼は熊の皮を剥ぎ取り始めた。
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