町医者を務めるソラニ・ノックスに一報が入ったのはある昼下がりのことだった。
鉱山における最も恐ろしい、落盤事故が発生したらしい。
幸い、落盤で怪我をしたのは入り口付近の作業員のみらしく、ソラニは全員の応急治療を無事に終えた。
「ふぅ……、これで一応の処置はしました。異常がありましたら、僕の診療所に来てくださいね」
筋骨隆々の男に人差し指を立ててそう言い、彼は額の汗を拭った。
落盤の音を聞いて診療所から駆けつけ、さきほどまでずっと怪我人の治療をしていたせいだろう。
そんな彼の背中を、バシバシと鉱夫の棟梁が荒っぽく叩いた。
「ガッハッハ、すまねぇなソラニ! おかげで大事にならず済んだよ!」
「あだっ、あだだ……、い、痛いですグァベルさん……」
そう言われてもなおバシバシと彼の背中を叩くのはいつものことである。
ソラニはそんなグァベルに苦笑いして、落下した岩石を一部取り除いた坑道をふと見た。
点々と並ぶ豆電球は当然ついておらず、奥までは見通せない暗闇が広がっている。
「あ、あの……この鉱山って魔物は住んでないんでしょうか?」
「ん? そうだなぁ……。そういえば前に何か鱗のついた長い尻尾を見たような……」
「……そ、それって大変じゃないですか! 中で怪我して動けなかったら大事ですよ!!」
こうしちゃいられない、そう言って彼は足元の救急箱を引っ掴んで立ち上がった。
「ま、まさか中に入ろうってのかい? や、止めときな! また落盤するかもしれねぇぞ!」
「そのときはお願いしますねグァベルさん!」
そう言って彼は鉱夫の詰め所からランタンを一つ借りて、坑道の中へ走り始めた。
グァベルの制止の声は、彼の耳に届かなかった。
◆
「誰かいませんかー!」
ランタンの光だけが頼りの薄暗い坑道の中を走りながら、ソラニは大きな声を張り上げる。
――グァベルさんの話だとラミア系統の魔物かな……。
鱗の尻尾という情報を頼りにそれらしい姿を探すが、坑道の中には人っ子一人いない。
「もしかして、もう逃げたのかなぁ……」
だとすれば町医者としては嬉しい話である。
が、更に走りつづけて彼は急速に不安になるものを見た。
落盤により崩れ落ちた岩石が、行く手を阻んでいてこれ以上先に進めないのである。
「……だっ、誰かいませんかー!!」
ありったけの声量を通行止めされた坑道の奥に吐き出す。
これで返事がなければ、安心すべきかゾッとすべきか分からない。
バクバクと不安に脈打つ心音にぎゅっと目を瞑り、声があるならば無事であることを彼は祈る。
そして、彼の祈りは斜めの方向に通じた。
ゴシャッ!!
そんな音にソラニが顔を上げると、そこには大きな穴があった。
非現実的な破砕音とともに、目の前を塞いでいた岩石の山が吹き飛んだのである。
そしてそこから、鉱石のような鱗に包まれた手のようなものが突き出されていた。
明らかに、ラミア系統というよりドラゴンのような手である。
「………………………い、いやな予感が…………………」
そんな彼の呟きを掻き消すように、ずるりと長い何かが這うような音が響く。
その穴から素肌を晒した女性の体がにゅっと現われ、頬を薄赤く染めてソラニを凝視する。
ワームだ。色欲に狂った無垢な瞳に、ソラニは直感する。
たわわに実った双丘を揺らして、ずるりとワームは彼に這いよった。
「オスっ!」
無邪気な声をあげて肌が触れ合いそうなほどに近づいた顔に後退り、ソラニはどうしたものかと悩んだ。
まず、彼自身も分かっているが逃げ切れるわけがない。
先ほどの怪力から推察する通り、ワームの厄介なところはその無尽蔵の体力だ。
今は睨みあい(見つめあい?)で済んでいるが、犯されるのも時間の問題である。
半ば諦めかけたところに、ソラニは彼女の右の肩口に目が行った。
何かで切ったかのような傷が、生身の身体に痛々しく走っていた。
「オス、オスオスオス! 美味しそう美味しそう美味しそう!!」
無垢に物騒なことを連呼しながら、目をキラキラと子どものように光らせるワーム。
そのまま彼女は巨体を引き摺って素早く回り込み、彼の退路を塞がれる。
が、そんなことは気にも留めずにソラニは苦笑いで手を挙げる。
「あ、あの〜……」
「ね、クーシャと交尾しよ? 一緒に気持ち良くなろ? いっぱいいっぱい……ね?」
そんな彼に構わずに頬を上気させ、自らをクーシャと名乗るワームは彼に迫る。
ソラニは彼女の巨体と巨乳に圧倒されて後ずさるが、すぐ後ろの岩石にぶつかり下がれなくなる。
その隙を見逃さず、クーシャは硬そうな尾をしなやかに動かし彼を巻き取る。
グルグルと何重にも巻き取られ、その尻尾にカンテラが当たりそうになって彼は慌てて投げ捨てた。
「あ、あっぶな!?」
ガシャンとカンテ
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想