勇者になるためには、ただ腕を上げればいいというわけではない。
もちろん、実力がなければ意味はないので修練は必須条件とも言える。
ある程度の実力を身につけた勇者の候補は、警邏に回される事もある。
修練をサボりがちであるイアラも、今日は仕方なく警邏に参加していた。
『君はもう少し勤勉であるべきね。ここに入り浸るのは禁止にするよ』
数日前にエンジェルのルルシェに言われた言葉を脳裏に浮かべ、彼はため息を吐いた。
立派に修練業務をこなしてから胸を張って来るように、とも言われたらしい。
――本当にクソ真面目なんだよなぁ……、あの娘は。
渇いた笑いを零して、彼は城下町の警邏を面倒くさそうに再開した。
勇者候補の中で孤立しているイアラに、バディを組む相手はいない。
監視をつけるのもバカらしいらしく、こうして一人で警邏をこなしていた。
「参加することに意義がある……ねぇ」
彼自身の立ち振る舞いが招いた結果のため、自業自得とも言えるだろう。
これ以降も態度を改めるつもりのないイアラは、苦笑いしか出来なかった。
イアラがふと空を見上げると、点々と光る星空が広がっていた。
彼の憶えている普段の夜と違って、少し暗いのはその空に月がないからだ。
どうやら、今日は新月らしい。
「……つうか、夜に警邏しても意味ないんじゃ……」
魔物の間諜がいるかもしれない、との命令で夜のシフトを受けたイアラは愚痴を零す。
――こんな大国に潜り込もうなんて、命知らずなバカはいないと思うんだけど……。
本当は何かの嫌がらせなのではないかと思考を巡らせていると、彼は視界の隅で何かが動くのを捉えた。
「んん……?」
普段より暗いうえに、動いたもの自体も黒々とした小さな存在だったので彼は目を細める。
その視線の先には、蹲るドレス姿の幼げな少女の姿があった。
何かから隠れているのか、その少女は酒場の樽の後ろで頭を抱えていた。
家出だろうか、そう思ったイアラは少女に歩み寄る。
「えーっ……と、おチビさん?」
――……ん?
その少女に近づいて、彼は形容し難い違和感を覚えた。
が、ブルブルと何かに怯えている少女の姿にその違和感は頭の隅に追いやられた。
「ちょ、おチビさん大丈夫? 寒いの?」
イアラは少し慌てて、自分が着ていた上着を少女に被せた。
ビクッと肩を跳ねさせて、少女は恐る恐る顔を上げる。
バッチリと、少女はイアラと目が合った。
少し長い前髪に隠れてしまっているが、少女の赤みを帯びた瞳いっぱいに涙が溜まっていた。
その目にぎょっとして、イアラは少女の視線に合わせて屈んだ。
「ど、どうした? 良ければ俺に相談してくれない?」
おろおろと目に見えて慌てるイアラを、少女は相変わらず怯えた様子で凝視していた。
口を開こうとしない少女に参ったようにイアラが頭を掻くと、彼女はようやく口を開いた。
「お、お兄ちゃん……だ、誰ですか……?」
「え、っと、い、イアラ……だけど……」
――名乗ってどーする。
心の中で突っ込みを入れつつ、イアラは町にそびえる時計塔の方を向いた。
彼が指定された警邏の時間はそろそろ終了する。
しょーがない、小さくそう呟くイアラに、少女は不安げに首を傾げた。
◆
「ここ、俺が借りてる家なんだ」
古びた小さな家の玄関で、イアラは少女にそう言った。
彼に言われてついてきた少女は、彼の言葉の意図が分からずにおどおどしている。
「風呂もあるし、まぁ俺が我慢すりゃいいから布団もある。ゆっくりしていいよ」
「…………え、あ……え?」
「最近魔物のスパイがいるんじゃないかって噂もあるからさ、危ないし泊っていきなよ」
状況が飲み込めずに困惑する少女に、イアラはなるべく分かりやすく説明する。
イアラの顔を見て、部屋を見て、またイアラの顔を見るその様はまるで小動物のようだった。
そして、言葉の意味を理解したのかボッと顔が真っ赤になる。
「えぅ……っ、い、いいのですか……?」
「放っておけなかった俺が悪いんだし、構わないさ」
ヒラヒラと事も無げに手を振るイアラは、早々にキッチンに姿を消した。
一人玄関に残された少女はしばらく躊躇った後に、恐る恐る部屋の中に入っていく。
布団と円卓が置かれただけの部屋にちょこんと座り、居心地悪そうに彼を待つことにした。
「お前なんか嫌いな食べ物とかあるー?」
キッチンから響いてくる間延びした声に、少女は少し慌ててないと答えた。
「んじゃちょっと待っててー。パンと何かあったまる物出すからー」
「う、うん……」
イアラがそう言って数分、小さなお皿を両手に一つずつ持ってキッチンから出てきた。
お皿にはパンが二つと野菜のソテーが盛り付けられていた。
出来立てなのか、かすかに湯気がでているソテーに少女がごくりと唾を飲んだ。
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録