忌み子の悪夢

どしゃ降りの雨の中、一人の少年が嗤っていた。
けらけらと、けらけらと嗤う彼の手は紅葉よりも赫く染まっていた。

「きひ、きひひ、ひひひひっ!」

虚ろな瞳から滴が垂れる。それが涙なのか、雨なのかは定かではない。
そのまま、少年はふらふらと歩み出す。ぐちゅぐちゅと、湿った足音を響かせて。

「……ボクは知らない、何も知らないんだよ、きひひ!」

ぶつぶつと何度も知らないと繰り返す少年。
そんな彼を血と雨と泥に濡れた眼球が見つめる。彼は、それに目もくれず踏みつけた。
素足から直に伝わったナマモノの感触に、少年がかくんと首を垂れる。

「これは誰の目? 知らない、知らないな?」

ケタケタ、ケタケタ、壊れた人形のように少年は笑う。
そして、少年は再び幽鬼の如く歩み出した。

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「山間の村が全滅しただァ?」

同日、とある山間の森の中で、ウシオニのツバキが怪訝な声をあげた。
この近隣には確かに村がある。小規模だが、妖怪……もとい魔物を敵視している危険な村だった。
それがこんなにも唐突に消えたというのは、ツバキには信じがたかった。

「えぇ、あっし自身も見てきましたからまず間違いない情報ですぜぃ、姐御」

そう言って刑部狸のコムラがクックッと笑う。
ツバキはその様子に不機嫌そうに眉根をしかめた。

「……どうなってやがったんだ」
「それはもう悲惨の一言でございましょう、あっしも色々な国を旅してきやしたが第六天魔王もああまではすまいと言い切れるほど酷い有様でやんしたよ。さすがは死国でございますなぁ」

そう言ってまたもクックッとおかしそうに笑うコムラ。
が、彼女は急に目を細めて哀れむような口調で続けた。

「しかしアレはあっしも自業自得としか言い様がございませんなぁ……、自分で蒔いた種に食われてこれほどまで気分の悪い話はそうありやせんよ」
「あァ? 何の話だ?」
「いえいえ、こちらの話でございますれば♪」

その表情も数秒のこと、問いかけるツバキにコムラは胡散臭く微笑んで返事をする。

「簡単に仰れば、あの村の住人はみぃんな潰れておりました♪」
「つぶ……れて?」
「はいな、ぐっちゃぐちゃの血塗れでござんした。ありゃ西洋の吸血鬼も仰天しましょうよ。……おっと失礼、少々吐き気が……」

軽い調子で言いながらも青い顔で口元を押さえるコムラ。
ツバキは少し呆れながら背中をさすってやった。

「ったく、ひでぇ話もあったもんだなァ。いったい誰の仕業なんだ? このオレが取っちめてやんよ!」
「ダメです」

コムラがガバッと顔を上げて言った。
あまりに唐突で、突っ放すようなコムラの口調にツバキがやや慄く。

「あの村は、潰れて当然でやんした。故に、姐御が手を出すのは認めやせん」

そう言うコムラの瞳はどことなく必死だ。
らしくない彼女の様子に少し違和感を覚えながら、ツバキはムッと押し黙った。

「あ……、すいやせん。柄にもなく少し熱くなっちまいやしたね」
「いや、いきなりしゃしゃり出てこっちも悪かったよ。だが手前がそうまで言うのは珍しいな」

行商の身であるコムラは当然のように世界中を歩き回っている。
平和な国を訪れた事もあったし、凄惨ここに極まれりとさえ言える国も巡った。それだけの旅をこなしていればイヤでも修羅場に巻き込まれる事もある。
その全てをひっくるめて行商をしているコムラから、ここまで一つの村を非難するのがツバキには意外だった。

「あっしも大妖怪の端くれとはいえ好き嫌いはありやす。それだけ酷い村だったんですよ、あそこは」
「酷い……なァ。ま、オレには分かんねェや」

『怪物』ではなく『神の化身』として村に祀られてきたツバキにはよく分からない。
だが、コムラがここまで言うとなればよっぽどなのだろうと漠然と思った。

「まぁ……、あっしは明日にでもこの国を発つつもりですので、姐御もさっきの話を胸に留めておいてください」

それでは、とだけ言ってコムラは大きな籠を背負いなおす。
そんな彼女に、ツバキはせめてもの疑問を口にした。

「その村、いったい何が潰したんだ? それだけでも教えてくれねェか?」
「そうですね……、ざんばら頭の白い餓鬼でした♪」

そう言ってやっぱり胡散臭く微笑んで、コムラは森の中に消えていった。
相変わらず読めないヤツだ、とツバキが呟いた。

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その翌日、少年は歩いていた。
乱雑に切られた白い髪を揺らして、ぺたぺたぺたぺたと覚束ない足取りで歩きつづけている。

「……なんで?」

周囲には誰もいない。
ただただ荒れ果てた山
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