だれかに願った、宇宙のはじっこ。

「風太や、稲荷寿司はいらんかね?」

縁側でのんびりと休んでいる青年に、彼の祖父にあたる武満が平皿を持ってきた。
風太と呼ばれた青年は、子供のように目を光らせて武満にバッと視線を移す。

「稲荷寿司!? 食べる!」
「ほいじゃ、爺ちゃんと一緒に食おうかのぉ」

皺くちゃの顔に笑みを浮かべて、武満は風太の隣に座った。
無地の黒シャツと作務衣が並んで縁側に座り、間には平皿に乗った大量の稲荷寿司。
風太は、その一つを掴んで豪快に一口かじった。

「やっぱ稲荷寿司は爺ちゃんのが一番なんよねぇ、なんか秘訣とかあるん?」
「大した工夫はしとらんのぅ……、なんなら今度一緒に作るか?」
「マジ!? 教えて教えて! 向こうで皆にも勧めたいし!」

はしゃぐ風太に相好を崩し、武満は満足そうに頷いた。
常盤風太は県外の高校に通う学生であり、土日祝日と休みが連なり帰省していた。
折良くも今日から三日間お祭りもあるらしく、風太はタイミングが良かったと浮かれていた。

「油揚げの味付けと具にちょいと秘訣があってのぅ」
「味付けは見たことあるけん大体わかるけど、具?」
「自然薯じゃよ自然薯。分からぬか?」
「あ、これ自然薯やったの!?」

家を離れても素直なままの孫に武満も気を良くし、稲荷寿司を食べては作り方の推論を述べる風太に細かく教えていく。
半分にぱっくりと食べた稲荷寿司をまじまじと見つめ、風太は感嘆の声を零した。

「というか爺ちゃん、こんなに稲荷寿司つくってどしたん?」
「今晩から祭りがあるじゃろう? そこの稲荷様に差し入れじゃ」
「じゃあ食べちゃダメじゃん!」
「ハッハッハ、安心せい。別で作っておるからの」

わたわたと慌てる風太の様子がおかしかったのか、武満は笑い声をあげた。
祖父の言葉に安心し、風太は胸を撫で下ろして稲荷寿司を一つ頬張る。
むぐむぐと口を動かす孫に微笑み、武満はポンと手を打った。

「そうじゃ風太。どうせじゃけぇ歌緒ちゃんのとこに持っていかんか?」
「歌緒に?」
「うむ。お前が帰ってから、まだ歌緒ちゃんには会っとらんのじゃろ?」

そう言えば、と風太は顎に手を当てる。
彼の幼馴染にあたる伊吹歌緒に、確かに彼は会った記憶がなかった。

「そだね。じゃあ、ちょっくら歌緒ンとこに行ってくるけん、爺ちゃん!」

ひょいっと縁側から飛び降り、風太は二カッと笑って振り返る。
そんな彼にサランラップを付けた平皿を手渡し、武満はやはり皺だらけの手を振った。

「いってらっしゃい」
「行ってきまーっす!」

皿を受け取ったかと思うと駆けだす風太。
間延びして聞こえる『行ってきます』に口元を綻ばして、武満は垣根の向こうを見やる。
快晴の下の雛蕗神社からは、祭りの準備をしているであろう荒男の喧騒が響いていた。

「…………お前にはちと酷かもしれぬなぁ、風太」

◆ ◆ ◆

「歌緒のやつ、元気にしてっかなぁ」

ボサボサの頭に平皿を乗せてバランスを取りながら、風太は畦道をのんびりと歩いていた。
彼の記憶を辿れば、歌緒はかなり病弱な幼馴染である。
長い付き合いの風太だが、県外に進学してから歌緒には久しく会っていない気がした。
実際、彼が帰省する都度に訪ねても、体調が芳しくないらしく会えないことも多々あった。

「おー、ここだここだ!」

見覚えのある塀を見つけて、風太は器用に頭に平皿を乗っけたまま駆けだした。
和式の大きな門の影に入り、彼は人差し指でインターフォンを押す。
ぴんぽーん、と間の抜けた音が響き、すぐに閂の外れる音と門の軋む音が響きだす。
開いた門の先には、二部式浴衣を纏った歌緒が門に手をついて立っていた。
墨の流れるような黒髪は相も変わらず、濃紺の生地に咲く鮮やかな花模様の浴衣は初めて見た。
風太が久しぶりに会った歌緒は、身長が少し伸び、少し細くなっていた。

「お久しぶり、風太ちゃん」
「こっちこそ久しぶりやね、歌緒」

武満相手とは違い声量を下げて、風太は青白い顔で微笑む歌緒に二カッと笑い返した。

「まぁ、誰もいないけど上がってよ。それで、一緒にそれ食べよ?」
「ありゃ、誰もいないん?」
「うん。私のことはいいからって、お祭りの準備に行ってもらったの」

そっか。
それだけ言って、風太は歌緒の華奢な手を当然のように取った。
歌緒は少しだけ目を丸くして、ふんわりと微笑んで彼の手を握る。

「歌緒の部屋って、こっちだったっけ?」

おぼろげな記憶を頼りに風太が指差した先は、確かに昔からの歌緒の部屋だった。
自信なさげな割にしっかりと憶えている風太に、歌緒はクスリと笑った。

「うん、合ってる」
「おっしゃ。さすがおいら」

グッとガッツポーズを取って歯を剥き出しにして笑う風太。
昔と何ら変わりのない彼に、歌緒はただただ嬉しそうに頬を染
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