最底辺、どん底、ドレッドフルと評しても過言ではない現状。
穴の開いた天井から差し込む日差しに溜め息を吐いて、ボロボロのソファでだれていた。
所どころ剥がれたタイルからは雑草が生え、日差しに艶やかな緑が映える。
しかし、武骨どころか崩落しかかっているコンクリートハウスには少しそぐわない。
「……やってらんねェ」
日陰に入っているとはいえ、初夏の少し蒸れた熱気が鬱陶しい。
家と違って冷蔵庫と麦茶もなく、家と違って扇風機やクーラーもなく、家と違って開く窓もない。
鉄筋がむき出しに、錆びかけた鉄パイプが無造作に積まれ、鼠色の壁と天井には大きな穴。
そんな灰色一面の瓦礫の廃墟。
「金ならあんのにねェ……」
そんな荒んだ部屋の隅に、場違いにも小奇麗で小さな金庫。
中には、数えたこともないが札束がギッシリと詰まっている。
一日に一万円も使うことがないため、恐らくは当分あの金庫が尽きることはないだろう。
「……ん?」
不意に、大きく崩れた壁の向こうの、高く突き出た街頭スクリーンに目が行く。
遠目にも分かる、スクリーンに映った白髪の少年と白い文字は見覚えがある。
目付きの悪い、ボサボサと雑草のように伸ばした、生意気そうな面。
スクリーンに刻まれた文字は、『超能力少年A』。
というか、俺だった。
「まーだ騒いでんのかよ……」
切り替わった画面には、赤い文字で『イカサマ師』。
誹謗中傷という、生々しい悪意が滲む画面に苛立ちが募る。
さすがにここまで音声は届かないが、流している内容は恐らく超能力の検証と批判だろう。
飽きずによくもまぁと言うよりも、一時は超能力者と囃し立てていた分だけその身勝手さに呆れる。
「くそ……」
朝っぱらから嫌なものを見た。
無視すればいいものを、どうにも俺はそんな戯言を聞き流せない性格らしい。
これも遺伝かと思えるが、自分で言うのもなんだがきっとあの両親よりはマシな筈だ。
『超能力者』から『ペテン師』へとブームが流れた途端に、実家からは勘当を食らった。
「手前勝手に金だけは貰っといて、叩かれた瞬間に捨てやがって……」
薄情極まりない両親を呪いながら、分かり易く毒々しい悪意から逃げるように家を出た。
ショックを受ける前に殺意が湧いた、あの日のことはそう簡単に忘れられない。
頭の中に流れかけた両親の一方的な罵倒をシャットダウンして立ち上がる。
そう言えば、朝起きてからまだ水も飲んでない。
「気分転換に、公園でも行くか……」
水道もない廃墟を抜けて、迷路のような路地へ入る。
塀を渡る野良猫に見下ろされ、不機嫌そうにみゃあと鳴かれる。
「へっ……」
何となく、鼻で笑ってそのまま雑草やゴミで足場の悪い路地を歩きながらフードを目深に被る。
悪い意味で有名人だが、適当に顔さえ隠せば存外バレない。
廃墟生活が始まった時はビクビクしていたが、意外と他人は他人を見ない。
路地を抜けて、人通りの多い大通りに紛れ込む。
何かのドラマのように歩みを止めて注目することなく、雑踏は流れ続ける。
「………………」
友人と語らいながら、或いは手をつないで歩む人々を一瞥して俯く。
そんな相手が今も先もいないことだけは、強がりたいが辛い。
まともに人と話すときは、適当な売店で飲食物を買う時だけだ。
こんな現状を愚痴る相手も、バカなことを言って笑いあう相手もいない。
「けっ…………」
心の底から羨ましい人通りが、少しだけ眩しい。
逃げるように大通りを抜けて、遠回りになるが人気のない小道へと曲がった。
そこで、小柄な誰かとぶつかった。
「っと」
「ひゃっ!?」
全くの死角からお互いにぶつかってしまい、相手方は尻餅をついてしまった。
少女特有のハイトーンな悲鳴に、反射的に様子を窺ってしまう。
「大丈夫ですか?」
フードを目深に被り直し、女の子に手を差し出す。
……まるで悪魔のような禍々しい角を生やす、あどけない少女に。
コスプレにしてはやけにリアルだと思っていたら、背中には熟れたリンゴのように赤い蝙蝠のような翼と、腰から伸びる蜥蜴のような尻尾の先はハートを象っていた。
小悪魔のような格好に似合わず、フリフリと少女趣味なエプロンドレス。
そんなアンバランスな姿をした少女は、目尻に涙を溜めながらお尻を押さえていた。
「いててて……」
まるで青空のようにクリアな碧眼を潤ませる少女。
幼さの残る、どころか自分よりも明らかに年下の彼女に慌てた。
小学生高学年か、中学生低学年ほどの彼女に再度声をかける。
「……大丈夫ですか?」
それで漸く、彼女はこちらの存在に気付いた。
薄っすらと涙を滲ませた瞳をこちらに向けて、彼女は可愛らしく小首を傾げた。
視線は合わせまいと、故意に俯く。
「………………」
「………………」
じーっと
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