「バカだろ、貴様」
財布を落とした僕に対する友人の第一声である。
小柄な体躯に不釣り合いな威圧的な眼光に射すくめられ、僕は不覚にも笑ってしまった。
大概の話題ならどうでもいいと一蹴する武者小路も、お金が絡む話題となると、かくも恐ろしい。
「はっはっは、憐れんで恵んでくれると泣いて感謝するぜ?」
「ハッ、俺が? タダで情けをかけると? 貴様は俺が釈迦かキリストにでも見えるか?」
「どっちかってーと切捨徒だな」
現在進行形で捨てられてるし、僕。
しかし、藁にも縋るつもりで武者小路に頼りにきたのだ。
こうもアッサリ切り捨てられては困る。
「別に僕は武者小路に金の無心に来たわけじゃねーんだ。聞いてくれよ」
「相談料払え」
「お前ホント鬼だな!?」
蔑むような笑顔で手を差し出す友人はマジキチ(マジ鬼畜の略だ。もっとも武者小路には正式な略称も該当するだろうが)としか言いようがない。
分かり易いと同時に融通の利かない奴だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
「あぁ、もう分かったよ。でも僕、残金10円だぞ」
「じゃあ10円分の相談に乗ってやるよ」
そう言って彼は遠慮なく僕がポケットから取り出した10円玉を取った。
あまりにもナチュラルに取るもんだから、抵抗する間すらなかったぞ……。
「で、どうせ財布のことだろう? 落とした場所は把握してるのか?」
しかもホントに相談に乗り始めたし。
「あ、あぁ。確か食堂隣の談話室に……」
「よし、諦めろ」
「10円分にしても結論はやくないか!?」
相談始めて二言目で諦めろとは……。
なけなしの10円を返してほしい。
「ふむ……、なら結論の理由を聞いて納得しろ。それが不可能なら自己完結してくれ」
一方的にそう言い、彼は10円玉をポケットの中に仕舞った。
意地でも返すつもりはないらしい。
さすが守銭奴である。
「財布を落としたのはどうせ昼時だろう? そう考えればもう手遅れだろ」
貴様は実にバカだな、と言いたげに武者小路は煙草を咥える。
夕陽をバックに煙草に火をつける様はよく似合っているが、蔑むような視線が腹立たしい。
大きく灰色の息を吐いて、武者小路は続けた。
「お前のことだから学生課には届け出たのだろう?」
「そりゃ勿論」
「昼に届け出て、未だに発見の報告が無いとすれば悪意ある第三者に盗られたことは明白だ」
それに昼時の談話室はなぁ……、そこで区切って武者小路は煙草を咥える。
「食堂で席が足りずにあぶれた奴が集まってるだろ。拾得者の特定が不可能だ」
煙草を咥えたまま気だるげにそう言い、武者小路は肩をすくめる。
言い分は理解できるが、それで諦めきれないから相談したのだが。
「俺は警察犬じゃないんだ。貴様の財布の所在など知るか」
「そこを何とかムシャえもん」
「次にそのふざけた呼称で呼んだら黄金の夢を見せてやろう(訳、金塊で殴る)」
苛立たしげにそう言い、武者小路は立ち上がった。
「じゃあな。悪いが付き合ってられん」
無情にも吐き捨てて、煙を吹きながらひらひらと手を振る武者小路。
その背中に小さくため息をついて、僕も立ち上がろうとした。
「ん?」
が、ある一点に視線が吸い寄せられ、動きが止まってしまった。
そこは、さっきまで武者小路が座っていたベンチで、違和感を放つカロリーメイトが置かれていた。
無開封で、明らかに武者小路の物であることが分かる。
だが、あいつが忘れ物なんて抜けたことをするキャラじゃないのは長い付き合いから知っている。
「あのツンデレめ」
悪友の厚意に感謝して、僕はそのカロリーメイトを有難く戴いた。
◆ ◆ ◆
がたんと古い線路に跳ねるたびに吊環が揺れる、窓の外はうっすらと暗い。
帰路について、僕は春先に買った定期にしみじみと感動していた。
カードの類は別に取っといて正解だったなぁ……。
そうでなければ、アパートまで歩いて帰る羽目になってたし。
「…………」
にしても、今日の電車混んでるなぁ。
金曜日だから? まぁ、繁華街の方に向かってるし、これから飲みにでも行くんだろうな。
……次のバイトの給料入ったら、武者小路と飲みにでも行こうかなぁ。
そんな風に益体もないことを考えていたときだった。
ぼんやりと思考に耽っていたせいか、僕は電車がカーブに差し掛かったことに、直前になって気づいた。
金属の擦れる音と振動を足に感じて、吊環に掛けていた手を握りこんで踏ん張る。
少し遅れたせいか、バランスを崩してしまい、それだけでは済まなかった。
ドスンッ
「…………!?」
女の子が、僕の胸に飛び込んできた。
恐らくは急カーブに踏ん張りがきかず、体勢を崩してしまったのだろう。
「だ、大丈夫ですか?」
さすがに黙っているわけにもいかず、無難
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