祀られる神さまの幸せ

「重い……」

大きな段ボールをうんざりした表情で抱え、一人の青年が深々とため息を吐いていた。
見上げるほどの長い石段を、これにて彼は四往復目である。
玉砂利の上にドスッと乱暴に段ボールを下ろし、ちらりと振り向く。
町を一望する眺めは素晴らしいものの、果てしない石段の下にはまだ五つの段ボールがある。

「……業者、手伝わないのか」

狸印のトラックは既に見えない。
この石段と、祀られる神が稲荷というのを聞いて『ほな』の二言で逃げ出した。
石段に荒っぽく腰を下ろし、青年は首からさげたタオルで汗を拭った。

「ふぅ……」

一息つく青年は、肘をついてのんびりと町を眺める。
ごちゃごちゃと並ぶ集合住宅街を物珍しそうに見下ろす彼の背後から、玉砂利を踏む足音が聞こえる。
その音に、青年はゆっくりと振り向いた。

「よっ、お疲れじゃな」

シュビッと片手を挙げる作務衣の老人。
歳と外見に似合わず軽い調子の老人に、青年はペコリと頭をさげた。

「お久しぶりです、神主」
「相変わらず堅苦しいヤツじゃのう! ゴンちゃんでえぇっちゅーに」
「貴方をそう呼べるのは奥方様だけでしょうに……」

自称ゴンちゃんの老人、雛蕗 権蔵は豪快にカカカと笑う。
彼の奥方様は、この神社に祀られる稲荷だ。
彼女も権蔵と同様に上下関係に緩く、まだまだ若い青年にも気楽に接してくれる。

「劉生の地元ほどではなかろうが、ここも良い空気じゃろ?」
「えぇ。良くも悪くも、活気に溢れていますね」

劉生と呼ばれた青年、氷室 劉生は町を見下ろして淡々と答える。
言葉にされた感情は薄いものの、権蔵はその言葉に満足げに頷いた。

「そうじゃろそうじゃろ? なんせワシの町じゃからな!」

自慢げに笑う権蔵の姿は、子どものように無垢だ。
年甲斐もなくはしゃぐ彼の姿に苦笑して、劉生はスッと立ち上がった。
ゴキゴキと背骨を鳴らすように腰を捻り、彼は気の抜けるような息を長々と吐いた。

「あ、そうじゃ。どうせだから賽銭入れてってくれぬか?」
「ふぅぅ……、えぇ。まぁ、構いませんが」

唐突の頼みに首を傾げつつ、劉生はポケットに手を突っ込む。
取り出した財布の小銭入れを開き、五円玉を一枚取り出すと権蔵は寂しい顔つきになった。

「5円ぽっちなのか……」
「仕方ないでしょう、賽銭と言えば5円ですし」
「誰じゃ! 5円はご縁とか言ったヤツは!!」

一人騒がしく両手をブンブンと振り回す権蔵をひょいっとかわし、劉生は石段から足を踏み出す。
石畳を渡り、古めかしい木造の社に歩み寄る。
どれだけ長い年月を経たのかまでは知らないが、煤けた梁からはどこか厳かなものを感じる。
同じく年期の入った賽銭箱の前まで歩いて、劉生はぼーっと考える。

(願い事……何にするかな)

劉生は受験に忙しく初詣も行き損ね、その受験も当に終了し第1志望に合格した。
使っていないお年玉も貯まっており、彼には特にこれと言った願い事はない。

(……うむ)

適当な願い事を思いつき、彼は五円玉を丁寧に賽銭箱の中に入れる。
お参りの詳しい礼儀など知らず、パンパンと二拍し、彼は頭を下げた。

(………………………)

深々と頭を垂れたまま念じて、劉生はそっと瞳を閉じた。
しばらくそのまま願い、ようやく彼は顔を上げた。
その傍にいつの間にか歩いてきていた権蔵が立っており、肩にポンと手を置く。

「願い事、叶うといいのぅ」
「えぇ、そうですね」

何を願ったか、恐らくは知らないハズの権蔵は慈愛に満ちた表情でうむと頷く。
その様子を怪訝に思ったが、劉生はくるりと振り返る。

「それでは、私はまだ運ぶ物がありますので」
「うむ、励め」

他人事にそう言って豪快に笑う権蔵に一礼して、劉生は石段をゆっくりと降りていった。
それをヒラヒラと手を振って見送った権蔵は、少し意地悪な笑顔で歩いていった。



「はぁ……、さすがに疲れた」

権蔵に言われた部屋のベッドに体を預けて、劉生は月明かりが差す窓を見上げる。
開け放たれた窓からの風がカーテンをたなびかせ、どこか風情を感じる夜だった。
屋根裏の窮屈な部屋に積まれた段ボールの山が、それをぶち壊しにしているが。

「…………」

スプリングベッドをギシリと軋ませて、劉生は軽い寝返りを打つ。
まともな服を取り出すのも億劫で、適当な段ボールから引っ張り出したジャージに皺が寄る。
薄っぺらいタオルケットをかぶり直し、劉生は無理矢理に寝ようと瞼を閉じる。
権蔵に言われ、明日は朝から境内の掃除を命じられている。
疲れているのなら尚のこと、早めに休んでおくべきだ。

(寝つけん……)

だが、不思議と眠気が湧かない。
体は確かに疲労しているうえ、権蔵の嫁の稲荷が作った料理に彼の腹も満たされている。
不思議と醒めた感覚に
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