ヒトみな友好たれ

円卓に、三つの安っぽいココアが置かれていた。
沸かしたばかりのお湯で淹れたココアは、かすかに白い湯気を出している。
そしてその内の一つを手に取り、イアラは音も立てずに口に含む。

(…………何これ?)

イアラの目の前には、正座で黙す白と黒の少女がいた。
エンジェル、ルルシェ・アーシェルと居候のテテ・レイニーデイ。
碧眼で食い入るようにテテを見つめるルルシェの表情からは、何やら複雑なものが読み取れる。
相対するテテは、そんな彼女から怯えるように顔を逸らしている。

(…………蛇と蛙?)

そんな構図にしか見えない。
というかそもそも、イアラ自身も何故こうして座らされているのか分からない。
家に上がったルルシェにココアを出してから、彼は半ば強引に席につかされたのだ。
が、それから誰も一言も喋ろうとせず、さすがのイアラも口を開きづらい。

(……あとは若い二人に任せて? いやいや、トイレと言えば逃げれるか?)

気まずい空気に耐え切れず逃げる算段を立てるイアラ。
そんな彼とは対照的に、如何にして話を切り出そうとルルシェは悩んでいた。

(……この娘が、私の敵か)

会う前は恐ろしくさえ感じていた魔物は、彼女の目の前でつぶらな瞳に涙を溜めて視線を逸らしている。
彼女の予想していた淫魔とはかけ離れたテテに毒気を抜かれ、思わずまじまじと覗き込んでしまう。
陶器のような白く透き通った肌に、子どものような小柄な体躯。
シックな黒いドレスに身を包み、赤い瞳を濡らす少女はいい所のお嬢様にしか見えない。

(……ちょっとかわいいなぁ)

魔物であると言う事実を忘れそうになりながら、ルルシェは興味しんしんに彼女を見つめる。
その視線に、テテは怯えるばかりである。

(ひ、ひぃぃ……、すっ、すごく見られてるですぅぅ……!)

魔物にとって、エンジェルは天敵だ。
ドッペルゲンガーであるテテには彼女を堕とすほどの手腕もなく、抵抗する術はない。
主神の名の下に罰を与えると言われるエンジェルの視線は、どこか観察しているようにも見える。

(あばばっ、どっ、どうなるんですかわたしはぁ……!?)

与えられる罰を妄想……、もとい想像してテテは頬を赤くして頭を抱える。
そして怯えるだけでは何も始まらない。
これはレスカティエで長期間に渡り一所に留まりつづけた、彼女自身の甘さがもたらした結果でもあるのだ。
恐怖はあるものの決意を固め、テテは恐る恐る口を開いた。

「あ、あのぅ……」「な、なぁ……」「ちょっといい……?」

見事にダブる。

「あ、お先どうぞ……!」
「いや、俺は最後で……」
「私も後でいいけど……」

珍しくイアラも謙虚に答えるため、話が進もうとしない。
そんな様子におろおろと混乱するテテを見かねて、ルルシェは小さくため息を吐きながら手を上げた。

「じゃ、じゃあ私から……」

それを見てやはり怖がってはいるものの、テテは慌てて頷く。
合わせるようにイアラも頷き、視線で先を促す。
二人の様子に安心したように息を吐き、彼女は軽く咳払いして口を開いた。

「まずは……、うん、名乗ろっか。えと、私はルルシェ。その……、貴女は?」
「わわっ、わたしですかッ!?」

いきなり振られてテテが慌てる。
天敵に名乗れといわれて、慌てない小動物がいようか。
あばばばば、と目を回しながら舌ったらずに何とか答えようとテテは口を開く。

「てッ、テテです! どどっ、どうもよろしくお願いでしゅッ!」
「う、うん……よ、よろしく……?」

欲望に忠実なケダモノ、という認識にしては丁寧(噛んでるものの)な挨拶にルルシェは戸惑う。
どちらかというと謙虚なイメージを抱くようなテテは、緊張したように頭を下げている。
ふむ、とルルシェは一つ頷く。

「ねぇイアラ? 私、ちょっとこの娘と個人的な話がしたいから席を外してくれる?」
「ん? まぁ別にいいけど……」
「え゙…………ッ!?」
「いいよね、テテちゃん?」

ルルシェの有無を言わさぬ笑顔に、テテは頬を引き攣らせながらコクコクと必死に頷く。
彼女の背後に、テテは確かに猛虎の形相を見た。
断ればたぶん酷い目に会うと、彼女の直感が告げる。

「じゃあ、俺は皆で軽くつまめもそうなモンでも作ってくるよ」
「お願いね。楽しみにしてるから」
(ああぁ、イアラさぁぁん! 置いてかないでくださいぃぃ……!)

へーい、と間の抜けた返事をしながらキッチンへと消えるイアラに、テテは心の中で絶叫する。
二人っきりになったら、何をされるか考えるだけでも恐ろしい。
相変わらずの笑顔のままイアラがいなくなるのを確認したルルシェの目が、ついに彼女の方を向く。

「…………………さて、じゃあテテちゃん」

手を組んだ天使の瞳が、テテを捉える。
彼女の背が、思わずピッと
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