親魔物領であり交通の要所である、港町ライカ。
往来を仲睦まじげに歩むサキュバスと人間。
何に使うのかよく分からない物を詰め込んだ箱を担ぐ、怪しい微笑の刑部狸。
唐突に開かれるストリートライブの常習犯、セイレーン。
種族を問わず、活気が溢れる大きな町である。
当然、大きな町であればそれだけ問題も多い。
ちょっとした小競り合いは頻繁に発生するうえ、魔物による少し強引すぎるナンパも少なくない。中でも一番困るのが、時折発生する文字通り嵐のような痴話喧嘩である。
あんまりにあんまりな被害報告に目を覆った町長は、町の各地区に駐屯所を設置することにした。
これは、その駐屯所のある兵長の話である……。
――――――――――――――――――――――――――――
「平和だねー……」
白いパラソルの下、往来を眺める一人の青年が呟いた。
迷彩柄のズボンに黒いタンクトップ、ライカの駐屯兵である。首から提げた皮製のドッグタグには、少し大きく『エノク』と刻まれていた。
エノクの言う通り、それはとても平和な光景であった。
人目を憚ることなくイチャつく魔物と人間。
『セイレーン命』と男らしい筆跡のあるハッピを来た男の列。
「おかげ様で堂々とサボれるからありがたいなー……」
行きつけの喫茶店のテラス。
兵長という役職を持つ彼はライカ名物の塩饅頭を一つ摘んで公務員にあるまじき発言をしていた。
そんな彼と同席していた同じ駐屯兵のジンが苦笑する。
「そういう発言は慎んだ方がよろしいかと思いますよ」
とは言いつつもジンもサボっているのはいつものことだ。
「えー? 僕らがこうやって堂々とサボれるのって平和の象徴じゃん? こんな発言が出るくらい平和で嬉しくなんない?」
「そうは言いましても我々は町民の税で働いている身ですよ? 少しはこの町の平和維持に貢献する駐屯兵としての自覚を」
「あーあー、問題発生したらすぐ動くから説教は勘弁―。というか、それ言ったらジンだってサボってるじゃんかー」
「私はサボってなどいません。エノク様の護衛です」
「物は言いようだねー。でも、僕より弱いのによく言うよー」
けらけらと子どものように笑うエノクに、ジンは苦笑する。それはまるで、幼い弟を仕方なく思うような笑みだった。
「ところでさー、ジンは彼女とかいないのー?」
「いきなりですね、どうかなさいました?」
「うんやー? 他所の屯所の中でそういう話が盛り上がってたからさー、ちょっと気になっただけー」
「ははっ、他の地区も平和なようで何よりですね」
そう言って笑うジンに、エノクは誤魔化されないよーと猫のように目を細める。ジンの笑顔が少し堅くなった。
「い、やあ……、私にはそういう浮いた話はありませんねぇ」
「へぇー? じゃあこの間僕が病気で休んだ時に見た、サハギンに押し倒されてるジンはきっと幻だったんだねー」
「てめぇやっぱ仮病だったのか!」
「いやー、五月病だよ五月病―」
思わず素に戻ったジンがエノクに詰め寄るが、エノクは顔色一つ変えずにいつものようにへらへらとした笑いを続ける。
狸め……とジンが恨みがましく呟く。
「やー、だって心配じゃん? 僕の護衛と言う名目でぶらぶらと青春を棒に振ってる部下がいたらさぁー?」
「もう青春っていう歳じゃありませんよ……」
三十代一歩手前のジンに対して、エノクはまだ十八だ。
そんな若者に色事の心配までされるとは情けない話である。
「で、あの娘とは上手くいってるのー?」
「……そ、そりゃあ……まぁ」
赤くなって照れたような反応を返すジン。
青春してんじゃん、と密かに嬉しく思うエノクであった。
でも三十前後のオッサンの反応じゃキモいなー、とも思うが。
「そうだよねー。何だかんだで思いっきりヤってたもんねー。でもせめてもう少し人気のないとこでヤってほしかったなー。橋の上で君らの声聞いたカップルが赤くなってたんだよー?」
「ちょっと待て。お前……、一体どこまで見てたんだ……?」
「強いて言えばジンが巡回始めてから夜のデザートまでー?」
「ほぼ一日中じゃねぇか! お前ストーカーか!? 暇なのか!?」
再び詰め寄るジンを、どうどうと宥めるエノク。
どっちが年上なのかこれでは分からない。
「や、でも幸せそうで何よりだよー。結婚式には呼んでねー?」
「友人代表のスピーチはもうお前に任せるわ……」
ぐったりしたようにそう言い、ジンは少しうな垂れた。
そんな彼に苦笑しつつ、エノクがほんの少し寂しそうに呟く。
「あーあー、ジンに先越されちゃったなー」
「……はぁ、貴方はそういう話はないんですか?」
「うん、全くないねー。だからちょっと羨ましいかもしんないなー」
そう言ってエノクは席を立つ。
それに合わせて立ち上がろうとしたジンをエノクが制止
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