がんばる従者

雷雨、のち、快晴。
ちぎれちぎれの雲の切れ間から清々しい青空がのぞき見えて、水たまりが点々とする大地を照らしている。
昨晩は、なぜか雷を怖がる人形の少女を励ましてるうちに眠りについた。
油断したらなにをおっぱじめるかわからない人形少女ではあったが、マスターが全て、という言葉がラクランの心に妙に引っかかる。
主という立場に甘んじて言い過ぎてしまったかも、とかぼんやり考え込んでいるうちに、ラクランはつい眠りが浅くなってしまっていた。
(日が…高い…)
「…って昼だ!!もう仕事じゃないか!」
ラクランはガバリと飛び起きた。今日は昼頃に町に到着する行商の荷運びだ、遅れたら賃金が減らされてしまう、最悪もう仕事がもらえなくなる。ともすればもう到着しているかもしれない。
「あ、マスター!やっと起きました!」
部屋の片隅から快活な声が聞こえた。昨晩はあんなに雷に怯えてぶるぶる震えてたっていうのに、立ち直りの早いやつだ。
「セリアからはマスターに近寄れませんが、机にお着替えとお荷物まとめておきましたのでどうぞ!!」
見ると机には確かに綺麗に折りたたまれた着替え一式と荷物がまとめてある。
「助かる、じゃあ行ってくる!!」
「マスター、今日は宿の朝食があるはずです、ご主人から受け取るのを忘れないでー!」
「ああ、わかった!」
「いってらっしゃいませ、マスター!」
寝起きの時間というのはどうしてこうも慌ただしく過ぎていくのだろうか、何者かの悪意すら感じるくらいだ。
でもあの人形少女のおかげで助かった、なんとか職場には間に合いそうだ。
あれ、でもと宿の主人から豆や芋を煮た簡素な朝食を受取りふと、出ていく瞬間にちらりと見えた人形少女の顔を思い出す。
(あいつさっき、笑ってなかったか…?)







 「マ、マスター……そんなにじっと見つめられると、照れちゃいますから」
「んむむむむ……」
セリアは両手を頬に当て、乙女ポーズで頬をぽっと赤らめて恥じ入る。
ラクランは無事ぎりぎりで仕事に間に合いきっちりこなすと、夕方の日課となったセリアの観察・記録作業をしようとしていた。だがセリアの様子が普段と違うのでそれどころじゃない。
ラクランは不思議でならない、いつもこの人形少女は仏頂面で、なにを言ってもつまらなそうな抑揚のない口調をしていたはずなのに。
「なぁ、お前どうしたんだ? どうしてそんなに、なんというか、表情豊かな感じに…?」
「セリアの顔がどうかしましたか?セリアはいつも通りのつもりですが…」
「いやだって昨日までそういう風に、笑ったりできなかっただろう…」
「もう情けない泣き虫従者はやめたんです、泣いててもマスターのお役には立てませんからね!」
セリアは心配いりませんから、と健気に拳を握りガッツポーズをして見せる。
「そ、そういう問題かあ…?」
狐につままれたような気分だ、声も、表情も今のセリアは朗らかで可憐な年頃の少女そのものだ。
ラクランにとって昨晩までのセリアは鉄壁の無表情で淡々と命令をこなす、どちらかと言うと冷徹な印象だったというのに。
それもそのはずで、昨晩の雷の影響でセリアの主動力が故障し、魔物の魔力中心の予備動力に切り換わった。すると機械関節を直接的に魔力で細かく制御できるようになるため、セリアは表情豊かに、滑らかに動くようになった。ラクランにはまるで知る由もないことだったが。
「…やれやれ、じゃ、寸法測るぞ」
額に手を当ててラクランはため息をつく、この現象については追々考えるとして今は日課をこなすことにしよう。
「はい、マスター!今日は背中からでしたね」
セリアがくるん、と振り返ると、それに伴い分厚い金属スカートがまるで風に舞うかのようにふんわりと翻った。
「……俺は夢でも見ているのか…?」
「………?」
身体を動かすように命じると、今までは駆動音を鳴らしながら関節を曲げ伸ばしていたのにぎこちなさはもはや見る影もなく、滑らかに、可憐に動く。
ごしごし目を擦るが、人形少女は相変わらずにっこりとあどけない笑顔をラクランに向けるだけだ。
「どうぞ、マスター、私はマスターのお役に立ちたいんです!」







 「おかえりなさいませマスター、お疲れ様です」
「ああ、ただいま」
人形の少女はラクランが脱いだ衣服を受け取ってテキパキと部屋着を手渡す。黄昏時の金色の日差しが主の帰りをにこにこと喜ぶ従者の白い美貌を照らした。
ラクランとセリアは主従として新しい関係を築きつつあった。
セリアがあまりにも役に立ちたい、と痛切な表情でせがむものだから、最近はラクランの身の回りの世話を任せるようにしたのだ。
セリアからラクランに決して近づいてはならないという命令は、セリアがそのことを話題にすると泣きそうな顔をして謝罪することと、日頃の懸命な奉仕
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