日が傾きかけ、黄金色のぎらぎらした日差しが三角屋根の煉瓦で覆われた木造の家屋群をまばゆく照らす。
「忘れられた遺跡」から最も近いその宿場町は、辺境なだけあって規模が小さくのどかで、地元住民はおおらかな性質の人が多い。
しかし、傭兵や行商人たちが集まる酒場はというと話は別だ、やれ今日はワーウルフを討伐しただの(追い払っただけだが)、胡椒が高く売れただの騒々しいったらない。
だが、ここにその中でも一際騒がしい二人組があった、というか、一人が一方的に声がでかいだけだが。
「でよぉ旦那ァ、一体これからどうするんでさァ!!!」
「うっさい、目立つだろうが…!」
酒が入ったせいでさらに一段階やかましくなったドレスデンに、ラクランが声を潜めて応じる。
ドレスデンはラクランからの依頼が達成されたことでいい気になり、がぶがぶとビールを流し込んで上機嫌、どこまでもマイペースだ。
「俺はここで悪目立ちするわけにはいかないんだ、わかるな…!?」
「折角一仕事終わって気持ちよく飲んでるってぇときになんで俺が旦那にんなこと言われなきゃなんねェ!?あァわかったぞォ、人形の嬢ちゃんのことだなァ!?」
言うとドレスデンは酒場の床に転がった一抱えほどある麻袋を指差した。中には人形の少女が体育座りの格好をして収納されている。
ラクランは盛大なため息をつく、ここは反魔物領なのだから、うっかりあの機械人形の少女が見つかり魔物と勘違いされてしまったら一大事だというのに、この原始人のような男には全くもって危機感がない。
すぐさま討伐隊が編成され、主犯のラクランも共犯のドレスデンも言い訳する間もなく身ぐるみ剥がされ投獄されてしまう。反魔物領に住まう者にとって常識中の常識だ。
「おうおうそれでまずはよォ、その嬢ちゃんよォ…もがっ…!」
「その話をする時はボリュームを落とせ!…魔物なのかどうかって話だな?」
「あぁそれでさァ」
ラクランは周囲を見回した、ドレスデンは背丈が大きくて目立つが、かきいれ時の酒場なら声を抑えさえすれば「人形」というだけで内容までは勘ぐられまい。
「………たぶん、魔物じゃ、ない」
「ほう、そりゃまたどうして」
「……魔物のようにも見える…だが旅路で何度かわざと背中を見せたが、襲ってこなかった……これはただ指示に従うだけの機械人形だ、不可解なところは山ほどあるけどな」
「旦那ァ、いくら旦那が人形趣味だからって流石に油断しすぎな気がしますぜェ?」
「人形趣味は否定するとしてもだ、こいつのカラクリにはリスクに見合うだけの価値がある」
ドレスデンはへェ、と言って全く理解の伴わない相槌を打つと、またがぶりと酒を飲む。
「俺はこいつを祖国に持って帰る、それで分解したい」
「おォう、せっかく生け捕りにしたのにぶっ壊しちまうってのかよォ!!」
ドン、とジョッキをテーブルに叩きつけると酒が溢れてびしゃりとテーブルを濡らしたが、いつものことなのでラクランは無視した。
「まだ壊すと決まったわけじゃない、俺が信用できる機械工を集めてこいつを分析するんだ」
「俺は旦那みてぇな頭のいい人が考えることはよくわからねェけどよォ、そいつはちと可哀想なんじゃねェか?」
「お前がそれを言うか…!」
ラクランが小声で怒鳴るが、ドレスデンはでへへ、と反省の感じられない笑みを浮かべるだけだ、都合の悪いことは耳に入らない性質らしい。
ぐび、とまた酒を煽ろうとするもジョッキが空だったので、ドレスデンは店員を呼びつけ追加の酒を注文した、この店に入ってからもう2桁を突破していた。浴びるように飲むというのはこういうことだろうな、とラクランは思った。
今日は奢りだから好きなだけ飲ませてやるといったらこの始末、この会合の記憶も残るかどうか怪しいというところだろう、頃合いだ。
「だからお前との契約もこれで終わりだな」
「んなァにィ!!?」
「いやめでたいなもっと飲め、旨いぞ!」
「んぐゥ!?」
ラクランは反論を聞く前に、このときのために事前に注文しておいたこの店で一番度数の高い酒を素早くドレスデンの口に流し込んだ。
「……んがァ…!」
ドレスデンは酩酊してどずん、と木製のテーブルに突っ伏すと、んごぉぉ、と地響きのような寝息を立てて眠ってしまう。
あとはそれとなく支払いを済ませてしまえばようやっとこの野蛮人から解放される。
(ギルドのブラックリストにはちゃんとのせとかないとな…!)
ラクランは人形の少女が詰まった麻袋を肩に担ぐと、足取りも軽く宿探しに向かった。
・
・
・
木造の階段は随分年季が入っているらしく、踏む度にみしりと踏み抜くこと心配でならない音を上げ軋んだ。
ほの暗い廊下を半ば手探りで進み、なんとかあてがわれた部屋にたどり着いたラクランがドアを開けると、そこは木目ばりの床とベッドがあるだけの
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録