ガビーッ ガションッ ガションッ ガションッ
日も暮れて午後八時を回った頃、最新鋭の複合機がメカニカルな音を小気味良く奏でて紙を吐き出している。
貴紀はその前で所在なさ気に立ち尽くしていた。
腕を組んで中空を見つめている。
最近は、なぜか貴紀には沙也加の身の回りの補助的な業務が増えていた。
これも、沙也加に頼まれた会議資料のコピーの業務の一貫というわけである。
貴紀の部署は営業成績を白板に掲示して晒しあげるようなプレッシャーのかけ方はしなかったが、それでも貴紀は焦っていた。
明らかに同期と差をつけられている。
営業成績的にもそうだし、同期は着々と商材の専門知識を身につけ、得意先との関係を築いている。
埋められない差がぐんぐんと広がっていた。
これは貴紀の男のプライドにもジワジワと焦燥感を与えている。
貴紀は、仕事で沙也加を認めさせられたら、沙也加に告白しようとひっそりと腹づもりを決めていたのだ。
(俺は……まだほとんど何もしていないじゃないか……何もっ……!)
そう考えるとなんだか惨めな気分になって、ぎゅうっと拳を握り込む。
こういう時、貴紀はふと前いた部署のことを思い出してしまうのだ。
「社会人として恥ずかしいと思わないのか!!」
「こんな仕事振りじゃクズとかゴミとか呼ばれても仕方ねぇぞ、お前!!」
「我が部署に役立たずはいらない、客前に出せねぇからなぁッ!!」
仕事のミスが原因で元上司からたっぷり二時間程、社会人にとって屈辱的な、思いつく限りの罵倒を浴びせられた。
実際には、貴紀のミスには罵倒した元上司にも大きな原因があったが、その上司は大声で怒鳴り散らして見せしめを行うことでその話題に触れにくくし責任の所在を曖昧にするタイプの小悪党であった。
元上司の思惑通り、意気消沈した貴紀はもうその案件について自分から口に出すことはなくなり、黙々と後始末を行った。
そこから統合、部署再編があり沙也加がいるオフィスに移って今日に至るというわけである。
「役立たず……今の俺ってまさに金だけもらって、役立たずじゃないか……ははっ」
ガチャリ
「貴紀くーん、業務は順調かねー!……あれ?」
ドアを開け、ニコニコしながら沙也加がコピー室に入ってきた。貴紀の様子を見てなにかを感じ取ったようだ。
慌てて貴紀は表情を取り繕う。
「一体どうしたね、貴紀君?」
「……や、なんでもないっす」
「…元気ないぞー?」
「気にしないでください、いつも通りですから」
自分はまともな仕事をしていない癖に、それどころか憧れの女性に気を使われてすらいる。
一層惨めな気持ちになっていると、沙也加は貴紀のぽん、と肩に手を置いた。
「可愛い部下を労うのも上司の仕事サ……今日、これから一杯どう?」
沙也加はグイっとジョッキを傾ける動作をし、歯を見せて豪気に誘う。
「はぁ………あ、」
そんな気分ではない、と一瞬思ってから、貴紀は逆にこれはチャンスだと考えた。
(酒の席で、同期に負けないくらい仕事が欲しいと言ってやればいいじゃないか!)
「……はい、是非にでも!」
「良かった、じゃあお店は繁華街で適当に探そう、コピーが終わったら一緒に行こうじゃない♪」
ぱしぱしと貴紀の背中を叩いてから、沙也加はコピー室を後にした。
・
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オフィスを出て歩いて十数分。沙也加と貴紀は勤務地付近の繁華街を歩いていた。
夜九時を回っているが、夜の街はこれからが本番とばかりにざわざわと賑わった様子だ。
世は不景気だと言うが、ギラギラと輝くネオンランプたちからはそれを感じさせないような活気を感じとれる。
沙也加にはお目当ての店があるらしく、迷いなくすたすた先を歩いて行く。
やがて繁華街の中心から少し逸れ、落ち着いた雰囲気の和風の店に入った。
「あ、沙也加ちゃんいらっしゃ〜い」
和装の少し垂れ目気味なおっとりした女性が出迎えた。
「連れがいるなんて珍しいじゃない」
「どうもです〜、これから二名いいですか?」
「もちろん、お好きなお席へどうぞ〜」
沙也加はどうやらこの店の常連らしい。親しげな様子で奥へと案内された。
テーブルの周りには、観光地の茶屋のような、赤い敷物がのった長椅子が配置されている。
品がありつつもくつろげて、居心地の良さを感じる内装だ。
「ほらぁ、座りなよぅっ」
と、沙也加は急にむにゅっと尻を揉んできた。
「んのわぁ!」
「いい尻してますなぁ…」
「沙也加さん、エロ親父っぽいっすよ…」
「エロの方は否定しませんけどね…!」
えっへんと胸を張って言った。なぜ自信ありげなのかわからない。
貴紀は、相手が沙也加だからいいものの、セクハラ上司に泣き寝入りする女性の気持ちがちょっぴりわかったような気がした。
確かにこれは、対策のしようがない。
貴紀が長椅子に腰掛けると、続いて沙
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