主従、そして

 部屋の中央に設置された広い作業台はしばらく使われていないために随分とホコリを被っていた。部屋の隅に山盛りになっているジャンク部品や大きな炉も同様だ。
備え付けの本棚には錬金、冶金などの専門書がびっしりだが、部屋の片隅にある小机にはなぜか古代の伝承や冒険の心得に関する文献が散らかっており、この工房の主人であるラクランが旅立つ前に何に傾倒していたかが窺い知れる。
懐かしいな、とラクランは思った。命を落とし、二度とここに帰って来れないという可能性も十分考慮していた。
領内で恐ろしく強大な「紅い眼の魔物」と遭遇したときは教国の情勢を心配したものだったが、意外にも国内はなんの変哲も無く、平和すぎるといっていいほどの様相でほっと胸を撫で下ろした。
ラクランは背負った一抱えほどの麻袋をことさら丁寧に、いたわるように床に降ろし、しゅるりと紐を緩める。
「セリア」
「はい、マスター」
人形の少女が中からふわりと浮き上がる。
「ここが、マスターの…」
セリアは興味深そうにその工房を見渡す。
「ああ、俺の祖国で、俺の工房だ」
大型の切断機や魔道具鑑定アイテムも一式揃ったそこは、確かに機械人形を詳しく調べるには最適だ。
「悪いな、ここでも家から外には出してやれそうにないんだ」
「いえ、マスター、セリアはマスターのお家が見られて感動です…!」
人形の少女は目をきらきらさせてラクランの工房を眺めた。初めて訪れた主人の家を、セリアは主人との最期の思い出として目に焼き付けようとしていた。
「それではマスター…セリアを…分解するんですね?」
セリアは神妙な表情で主を見た、ラクランに貢献できるのであれば、例え自分の存在が消えてしまおうともセリアにとっては喜びだ。
「…どうぞひと思いに」
「できるわけないだろそんなこと」
「えっ!?」
ラクランはさも当たり前と言った風に自らの使命を否定する。
「マスターは、セリアを分解してマスターの国のお役に立てるって…」
「セリアの痛みは俺の痛みだ、だからできない、誰がなんと言おうとセリアを傷つけるなんて俺には無理だ」
ラクランは憑き物が落ちたような表情で言った。ああ、この結論だったらこんなにもしっくり来る、心に澱のように溜まっていた違和感が解けて消えていく。優柔不断とかエゴイストとか祖国の恥とか言われたってもう知ったことか。
「祖国を変える手立ては、また別に探すしかないな…セリアはそれでいいか?」
「はい…セリアがマスターのお役に立てるのなら…!」
「そうだ、それだよ」
「はい?」
ラクランは人形少女の口癖に待ったをかける。
「セリアにとって俺が全てなら、俺にとってもセリアが全てだ、お前ばっかり従者なんて身分があって不公平なんだよ」
「だって、セリアはマスターに仕えることが喜びですから…」
「俺だってセリアのために生きられることが喜びだ……そうだ、もっと相応しい関係が欲しいな」
ラクランは顎に手をあて数秒辺りをうろうろしながら黙考すると、くる、とセリアに向き直る。
「ここからは全部セリアの自由意志だ、命令じゃない…自分で決めて自分で返事をするように、いいか?」
「は、い…」
人形の少女はきょとんとする、この主人は一体なにを考えているのだろう?
「俺の嫁になってくれないか?」
「………はいぃ!?」
セリアは突然のプロポーズに目を丸くした。
「セリアが嫁になれば俺は夫になる、この国じゃ法律上は無理だけどそういうことにしよう、そしたら俺は心置きなく生涯をセリアに捧げることができる」
「…マスターは人間のお嫁さんじゃなくて…いいんですか?」
「セリア以外に人生を捧げる相手なんていらない」
「……お嫁さんってよくわからないですけど…そ、そしたら、セリアがマスターにお仕えする関係はどうなるので…?」
人形の少女は大層不安そうな面持ちで主を見つめる。
「そりゃ解消……だろうな」
「それはヤです!!それだけはヤです!!マスターにお仕えすることがセリアの喜びです!」
人形の少女は慌てて自由意志を行使し、前のめりになって主の提案に猛反対した。
「困ったな…夫婦って対等なもんじゃ……じゃあ、夫婦、兼、主従…?」
「はい、それで、それがいいです、マスター!」
人形の少女の顔がぱぁっと明るくなった、それを見てラクランもつい頬が緩んでしまう。
「…お前がいいっていうなら、それでいっか」







 ぱん、ぱん、とラクランはベッドの上に積もったホコリを払った。だいぶ長い間家を空けていただけあって大掃除が必要なのは間違いないが、今日はこれで我慢するしかない。
「セリア」
少女の名前を呼び、ラクランはホコリを払った場所にセリアを導く。それに従ってセリアはおずおずとラクランの横に腰掛けた。
セリアは膝の上でぎゅっと白いカラクリ仕掛けのこぶしを握りしめ
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