彼女は遠い町で暮らす

 暗くて重い。

 ベッドで寝ているはずなのだけど、柔らかい布の感触はなく、水に浸っているみたいだ。
 お父さんとお母さんがそばにいてくれているんだろうけど、もう姿も見えないし、声も聞こえなくなった。
 彼もまだそばにいるだろうか。いるだろう。いてくれたらいいと思う。
 ひどい顔を見せてしまうのは少し嫌だけど、それでも、最後だし。

 短い夢を見てはまた意識を取り戻す。それを繰り返していた。
 ほとんどは、この村で過ごした思い出だった。けれど、だんだん見たことのない景色が混ざり始める。
 みんなが乗っている馬車から私だけが降りて、みんな私に何か言っているけど、雨と雷の音で聞こえない。私も口を動かしたけど、聞こえただろうか。馬車は行ってしまって、その場に座り込んだ。
 突然景色が変わって、私は暗い穴に飛びこんでいく。穴ではなかった。真っ黒な水だ。底はない、となぜかわかる。
 ゆっくりと沈んでいって、本当に最後だと思った。

 さようなら、ありがとう、もう苦しくありません。

 上にある光が小さくなって、最後だけど、その光に祈らずにはいられなかった。

 もし、また目が覚めたら、あなたに―










 ―光が消えない。

 あれから長い時間が経つ。目をつむっても開いても、細い針で開けた穴のような光がいつまでもそこに残っていて、じっと見ていると、例えば星がそう見えるように、次第に大きくなっていくような錯覚に陥ってしまう。
 こうしていると、都合のいいことを考えてしまいそうになる。もしかしたら、本当に光は大きくなっているのでは、とか―
 そう思った瞬間、ずっと落ち着いていた心が動きだし、激しく波打つ。
 もし光が大きくなっていたなら。あれを掴めたなら。
 それでどうなるかもわからないのに、私の体はもがきながら、そこへ行こうとしていた。
 体にまとわりつく黒い水が行くな行くな、と手足に絡んでくるけれど、しゃにむに暴れているうちに、諦めたように言うことをきいてくれるようになった。
 泳ぐ速度が増し、私を包むくらいに光が大きくなって、力いっぱいに手を伸ばす。
 もしあれを掴めたら、もしまた目が覚めたら―

 柔らかくて冷たい手に、私の伸ばした手が握られる。

 瞼が開き、まず最初に目に入ったのは、ぞっとするくらいに綺麗な女の人の笑顔。
 艶々とした唇が開いた。

「おっす」

 ……おっす?

◆ ◆ ◆

「はあーいい天気……」
「ずっと夜ですけど……」

 私がそう言うと、む、とグロリアさんが顔をこちらに向ける。けれど、上半身はいまだべったりとカフェの丸テーブルに伏せたままだ。

「まだイヴは魔物の感性に慣れてないみたいだなあ、いかんなあ」

 そう言って彼女が人差し指を立てると、テーブルの真ん中に置かれた魔界の花が一段と放つ光を強める。他のテーブルを囲んでいるみんなからわあ、と黄色い声があがり、道を歩く人達も通りがけにこちらをちらりと見る。

「綺麗でしょ」
「綺麗……」
「よろしい」

 そう言って笑うとグロリアさんはさっきよりさらに力を抜き、テーブルの上でぐてっと伸びる、セシルさんがお盆を片手にやって来て「町長、イヴのコーヒー置けないよー」と苦情を出すが、「上に置いて……」と言い出すくらいの脱力ぶりだ。

「しょうがないなあ……」

 惜しげもなく晒されているグロリアさんの白い背中の上にコーヒーとケーキを並べていくセシルさん。

「ほんとに置くし!」
「魔力でぴったりくっつけてるからだいじょーぶー」
「だいぶ斜めになってますけど……」

 横のテーブルに視線を移すと、セシルさんがそちらに行き、同じくケーキとコーヒーを並べていく。店の外の小さなテーブル二つしか空いていなかったので、三人と二人で分かれたのだけど、あっちの三人がいるテーブルではちゃんと水平に物が置かれている。グロリアさんが寝ていないから。

「あっちのテーブルがよかったなあ……」
「むう、つれないこと言うなあ」

 怒ったようにそう言い頬を膨らますグロリアさん。くらくらするくらいに気品の漂うその顔が、それだけの動きで可愛い、という印象に早変わりする。
 この町にやって来てからしばらく経ってようやくわかったことだが、グロリアさんはワイトの中では変わり者の部類らしい。私は社交界なんかには縁がないので、他のワイトと出会う事は全くと言っていいくらいない。なので彼女達とはこういうものか、と思っていたのだけど、みんなが言うにはこんなにくだけた性格のワイトはほとんどいないとのことだ。確かにパーティーでお城に集まる―なんとなくのイメージだ―貴族がこんな性格の人たちばかりでは威厳も何も無くなってしまうだろう。
 グロリアさんが頬を膨らましたままこちらを見た。

「今なんか失礼な
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