晴れた急峻な雪山の上を一匹の龍が飛んでいる。それに乗っているのは一人の男。帽子を被り、ゴーグルをつけ、何枚も着込んでいるためにその上半身は少し膨れている。一番上に着ている革の服の右肩には前後に鉄の輪がついていて、そこに同じく革の鞄の紐が通っている。その鞄は中身が決して外に出ないように二重の構造になっていた。
「いい天気だなあ、スケジュールがきついけど一日待って正解だったな」
「そうだねえ」
本来は激しい空気の流れで呼吸もできないはずなのだが、龍の魔力で保護されている男は事も無げにそう話しかけた。返事をする龍の声は、その厳つい見た目に反して高く溌剌とした女性のものだった。龍がその声のトーンを少し落として言う。
「ねえラウル」
「ん?」
「今度ね、首都の方で竜騎兵の募集があるんだって」
「うん」
「うんって……」
「……フラヴィはこの仕事嫌いか?」
「嫌いじゃないけど……」
男はもごもごと言葉を濁す龍を見ながら鞄の位置を直した。
目的地が近い。
◆ ◆ ◆
なぜこんな場所に、と思うような所にも人は住んでいる。人はどこにでも住む。
雪に覆われた山の中腹にある小さな村もその一つに挙げられるだろう。子供たちが寒さを気にせず外で遊んでいる。
と、一人の少年が空を見上げて顔を輝かせた。続いて他の子供たちもそれに気づき、村長の家に駆けていく。
豆粒ほどだった龍の姿が大きくなって、地面に降り立つ頃には、村長と村中の子供たちがそれを出迎えるように集まっていた。
ラウルがフラヴィから飛び降り、ゴーグルを外して村長に頭を下げる。
「こんにちは、郵便配達に参りました」
「いつもありがとうございます、さ、こちらにどうぞ」
いつものやり取りを終えてラウルがフラヴィを見ると、大きな龍の姿のフラヴィは子供たちに群がられていた。
「たすけて……」
情けない声でそう言うフラヴィに吹き出し、鞄を開けるとこう叫んだ。
「お土産を持ってきた、お菓子だよ!」
それを聞いて子供たちが一斉にフラヴィから離れる。飴や焼き菓子を配り終え、散っていく子供たちを見ながら、ラウルは十七、八の少女の姿に戻ったフラヴィの肩を叩く。
「行こう」
「お菓子に負けた……」
ラウルとフラヴィが育ったのは長く雪の残る北の国だ。幼い頃から一緒だった二人は、それが当然であるかのように恋人同士の関係になった。
連なる山々のように彫りの深い険しい顔つきでありながら、目に優しい光を宿すラウル。灰に近いセミロングの落ち着いた髪の毛と、その印象とは反対に、少し目のつりあがった顔立ちの、美しい少女であるフラヴィ。
人間のカップルと違うのは、フラヴィがベルベッドのような深い緑の翼と尾を持つ、ワイバーンという魔物であったことだ。
しかし、親魔物国家であればその組み合わせも珍しくはない。首都の喫茶店に目をやればそのような恋人たちがごろごろと目につくだろう。
だが、ラウルとフラヴィ、普通のワイバーンと男のカップルの間で異なるところが一つある。ラウルが竜騎士になる道を選ばず、郵便配達人という職業を選んだこと。フラヴィもそのすぐ後に同じ仕事に就いたことだ。二人はコンビを組んで山間の村々への宅配業務を任されることになった。
寒さが厳しく、高い山々が連なるこの国では本来宅配業務などを請け負う事の多いハーピーの生息数があまり多くない。加えて、空気の薄い高度の山々を飛び回る行為は、彼女たちにかかる負担があまりに大きい。
自然、その役目を任されるのは山岳地帯に育ち、高い魔力と体力を持つワイバーンということになる。ワイバーン一人で広域をカバーできるため、必要とされる人数は少ないが、その分重要な仕事だ。
いつもちょこまかとラウルの背中を追いかけていたフラヴィは、始めは「仕事中もずっとラウルと一緒にいられる」とはしゃいでいたが、最近彼女には思うところがあるらしい。同僚が増えないことに文句を言う時や、先ほどの会話からラウルはそれを感じ取っていた。
「お菓子に……」と肩を落として歩くフラヴィの横顔をラウルはちらりと見た。
山に夜が来た。配達と新たな手紙の受け取りを終え、コップと水差しを持ってラウルが戻ると、ベッドに座ったフラヴィが部屋にあったらしい本を読んでいた。
いつも二人には村長の家の息子夫婦が使っていた部屋があてがわれる。今は引っ越して首都に住んでいるそうだ。腰くらいの高さの本棚と二人用の大きなベッド、その横のテーブルで少し手狭に感じる。
「……面白いか?」
そう訊くと、フラヴィが本に視線を向けたまま答える。
「前来た時も読んだ」
「はは」
ラウルが笑うと、フラヴィはむっとした表情になる。しおりもせずにパタンと本を閉じてテーブルに置いた。そのままベッドにゴロンと寝転がる。
同じくベッドに腰掛
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