良助の家は、一言で表すなら昔ながらの日本家屋だった。大人の腰の高さくらいの石造りの門を一歩入ると、玄関までの道を示すように点々と平らな石が置かれている、小さな庭には良助の祖父が趣味で育てている鉢植えが見栄えを気にせず雑多に置かれていた。ここからは覗くことはできないが、家の西側と北側を囲むようにせり出した縁側から見える裏庭にも、育てているのか、勝手に育っているのかという調子で多くの植物が茂っている。
ポケットから鍵を取り出し、差しこんで、良助が違和感に気づく。開いている。引き戸を開けると、老人が帽子を取り壁に掛けているところだった。背が高く、白髪を短く整えた温和そうなこの人物が、良助の祖父の佐伯良治(サエキ ヨシハル)である。
こちらに気付いて微笑みかける。
「おお、お帰り」
「爺ちゃん、はやいね」
良助が驚いたように言う。良治は苦々しい顔で返した。
「ちょっと咳をしたら吉岡が無駄に心配して、今日はもうあがれと言ってきてな」
「せき、って」
良助がさっと表情を変える。エウリカが初めて見る顔だった。
「大丈夫なの」
「なんだお前まで、この歳になったらどっか悪いのは当たり前だ。心配するな」
「心配しないわけないだろ……」
小さくそう言う良助に良治は苦笑いする。ふと、彼の横で少し所在なさげにしているエウリカに気づく。良助がその視線に気付いてどう紹介しようか悩んでいると、エウリカが両手をへそのあたりで組んで頭を下げた。
「えーと」
「初めまして、良助君の『お友達』のエウリカ・ニジェルカと申します」
「う」
『お友達』という言葉の言外のプレッシャーに良助が小さくうめくが、良治はそれに気づかずにほう、と笑った。
「お前が家に友達を連れてくるのはひさしぶりだな」
「娯楽が無いから連れてきても申し訳ないだろ……」
「買ってやるっつってんのに」
「いいって」
そんな会話をしながら二人は玄関にあがる。良助がスリッパを出してエウリカに言った。
「どうぞ、なんもないとこですけど」
「ううん、素敵なお家、あ、ちょっと待って」
ぱんと手を叩く、手に持つ袋の重さが軽くなった気がして見てみると、氷が跡形もなく消えていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、お礼を言われる筋合いはないよ」
「ほんとにないパターンって珍しいですよね……」
苦笑いする良助に案内され、居間の畳に座る。良治はどこに行ったかと思ったが、奥の台所でゴソゴソ動いているらしい。良助が体は動かさず、少し大きな声でそちらに向かって言う。
「お茶?いいよ俺やるから」
「や、晩飯食べていくだろう」
「食べないし、食べるにしても爺ちゃんもう料理なんて忘れてるだろ」
「今お前が作るわけにもいかんだろ」
その会話を聞いたエウリカが、良助の手料理、と考えてぽつりと「食べたいな」と漏らす。「そんな大層なものは作れませんよ」と良助が言うが、期待に満ちたそのエウリカの眼差しに怯んでしまう。作っている間エウリカをひとりにすることを理由に断ろうとしたが、その考えを先回りしていたように言った。
「作ってる間はおじいさんとお話してるから」
良助の家族に興味があったこともあってそう言うと、少し考えてから折れたように立ち上がる。
「すいません、少し失礼します」
「ていうか、私も手伝おっか」
「いえ、お客さんにそんなことをさせるわけには、大丈夫です」
入れ替わるように、話を聞いていた良治がお茶を持って居間に入ってきた。
「すまんね、こんな老人が相手で」
「いえ、私がお話したいんです」
エウリカが笑い、お茶を両手で受け取る。ちゃぶ台を挟んで彼女の反対に座って、良治が確認するように言う。
「エウリカさんは、ここのもんじゃないんだろう?」
「地元の人ではないだろう」というような軽い調子で言うのでエウリカは少し可笑しくなってしまった。
「はい、魔界から……なんだか、すんなりと私達を受け入れられていますね?」
そう訊くと、良治は「爺さんが世の中の流れに何を言ったところでなあ」と笑った。しばしの沈黙の後、少し落ち着いた声で言う。
「親御さんは元気かい」
「両親ですか?」
そう言ってエウリカは遠く魔界の地にいる二人に思いを馳せる。デビル特有の小さな体に、大物の雰囲気をぎゅうぎゅうに詰め込んだ母、元は勇者だったらしく、いまだ精悍な体つきを持つ父。異世界に渡る技術がもう少し一般に普及しないと会うことは難しいだろう。どうしているだろうか。
ふと郷愁に誘われたエウリカは元いた世界の事を考える。
彼女の魔界時代の生活は、およそ空虚と言っていいものだった。おそらく良治と自分が過ごしてきた年月は同じくらいだろうが、経験という面で言えば圧倒的に良治の方が豊かだろう。
魔界の奥のさらに奥地を住処にし
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