「イソ君ってあのアオオニの子とどうなの?」
突然そんなことを言われて落ち葉を掃く手が止まってしまう。顔を上げると、キラキラした顔で同じクラスのメロウがこちらを見ていた。俺は再び視線を落として掃除を再開する。
「どうもこうも」
「えー」
でもでも、と彼女が前のめりで食ってかかる。「掃除をしなさい……」とお婆ちゃんのように優しく諭すも、もはやその手には掃除用具が握られてすらいない。
「帰りとかいっつも一緒じゃん。弓道場からよく見かけるんだよねえ」
「弓道部だっけ」
「うん、そう。これでも段持ちなんだから」
「水泳したらいいのに」
「マーメイド種が泳いだらぶっちぎっちゃうじゃん」
「それもそうか」
「あはは、ってそんなことはどうでもいいのっ」
話を逸らすことに失敗し内心ため息をつく。どうやらある程度の申し開きをしないと許してもらえなさそうだ。
「帰り道がいっしょだからだよ、部活で遅くなった時に送ってんの」
「文芸部なのにそんなに遅くまでなにやってるの?」
「なにもやってない……」
「なにそれ」
なにそれと言われても、実際に何もやっていないのだからしょうがない。話題に出てきたそのアオオニや他の部員と仲良くおしゃべりしているだけなのだが、その事を言うと変に曲解されて彼女の野次馬魂に火をつけてしまいそうなので黙っておく。
宙空を見上げ言葉を選んで喋る。
「まあ、よく話はするけど、というかあっちも別になんとも思ってないんじゃないかな」
「そうかなあ、先輩後輩の関係だけには見えなかったけど」
「あれはナメられてるって言うんだよ……」
「あー、イソ君ナメられそうな性格してるもんね」
「ワオ」
軽口を叩いて笑い合っていると、聞き覚えのある声が後ろからかかる。ぽつりとつぶやくような喋り方なのに彼女の声は不思議とよく通る。
「五十(イソ)先輩」
振り向くと、やはりそこにいたのは文芸部の後輩のアオオニ、青目悠(アオメ ユウ)だった。校舎裏は風が強く、彼女の銀の髪が強く撫でられる。青目は髪を手櫛で直す。高校一年の女子にしては背が高く、視線の高さはほぼ俺と同じくらいだ。黒縁のハーフリムの眼鏡を通して、その視線が俺を射抜く。心なしか、いつもより温度が低い気がする。
「部活行きましょう」
その誘いに驚く。彼女がそんなことを行ってきたのは付き合いの中で初めてだったからだ。なにか部で大事な決め事でもあっただろうか、と考えながら言葉を返す。
「あー、うん、掃除終わったら行くよ」
「いいよいいよ、後は私がやっとくから、行ってらっしゃい」
突然横から明るい声が会話に割り込む。見ると、先程までサボる気満々で俺に話しかけていたはずの子が箒片手にせわしなく動いていた。その目はなぜか先程よりも輝きを増している。青目が少し驚いた顔をして、申し訳無さそうにペコリと頭を下げた。二人の間でなんらかのコミュニケーションが成立したようだ。女子はそういうとこがあるなあとぼんやり思っていた俺の制服の襟首がむんずと掴まれる。
「行きましょう」
「いや行くから、引っ張るのやめて……」
「がんばってねー」
特に頑張るような部活でもないのだが、と思うものの、気を抜くと足がもつれそうになって喋れない。引っ張られていく俺の視界で、メロウがよからぬ事を考えている時特有のにやにや笑いがどんどん遠くなっていった。
◆ ◆ ◆
「タップタップ」
そう言って彼女の肩をぽんぽんと叩くと、青目は渋々といった様子で俺を解放してくれた。
「ご先祖様が見えたわ」
「謝ってきましたか?」
「なんで不孝者であることが前提なの?」
ようやく自分の足でちゃんと歩ける事に安心しつつ、青目に並ぶ。部室のある南棟へは渡り廊下を歩かなければならず、冷え込むこの時期は少し辛い。横を見ると青目もニョッキリと生えた二本の角をさすっている。
「角って感覚あるんだ」
「……なんでですか?」
妙な間があり青目が怪訝そうに言う。今ちょうど角に触れている彼女の青く細い右手を指さしながら言った。
「いや、寒そうにさすってるし」
「……ありますけど」
「ふーん」
何気なくするりと撫でてみる、と。
「ふああっ」
青目が聞いたこともない声をあげてびくっとのけぞった。思わぬ反応にパッと手を離す。よく考えてみれば人間の女の子の頭をいきなり撫でるような行為だ。心臓の鼓動が早まるのを感じながら謝る。
「ご、ごめん」
「……」
涙目になった青目に無言で睨まれる。渡り廊下に吹く風がバサバサと彼女のカーディガンをはためかせ、異様なプレッシャーを与える。言葉を探している俺を置いて青目がすたすたと歩いていってしまった。怯えつつ立ち止まってそれを見ていると彼女がくるりと振り返って「早く来てくださいっ」と怒る。すっかり混乱しな
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