なりぞこないと教団員試験

 残念。グリネの人生はここで終わってしまった――

 反魔物姿勢を掲げるネーベガルフの街には教団が運営する養護施設があり、グリネは物心ついた頃からの多くの時間をそこで過ごしてきた。彼は両親の顔を知らない。包み込むような優しい顔が印象的なシスターと、穏やかな神父の分け隔てない愛情を受けて育ち、彼はもうすぐ九歳の誕生日を迎えることとなった。
 誕生日と言っても、本当の誕生日ではない。施設の前に捨てられシスターに拾われた日。言うなれば入所日。便宜上の誕生日。しかしそんなことなどグリネ自身気にしたこともなかったし、さらに言えば彼は今誕生日どころではなかった。明日に控える教団員試験に向けて、勉強と鍛錬の真っ最中なのだ。
「グリネー! あそぼーぜー!」
「やめとけよ。あんなつまんない奴」
 庭で剣の素振りをしているグリネに、通りがかった男の子達が去っていく。彼らも同じ孤児だが、少年時代を少年らしく謳歌しているという点でグリネとは大きく異なっていた。他の誰かと遊ぶことのないグリネに彼らは様々な陰口を叩いたが、そんなものに耳を貸さない技術はとうに身に着けている。
 教団員になって両親の仇を取る。それがグリネの夢だった。神父様の言葉は絶対。グリネの両親は魔物に襲われ、最後の力を振り絞って彼を守ったという神父の話を信じ、魔物への復讐の念を練り続けてきた。しかし彼は魔物を見たことはない。神父に聞いても具体的な話はなく、書庫の文献には旧魔王時代の魔物の情報こそ載っているものの挿絵はなく、少年の想像は愛玩動物と昆虫を混ぜ合わせ邪悪に歪めた姿を魔物と仮定するしかなかった。心の中に浮かべる神父の話。顔も分からない父と母が、猫か豚かわからない架空の魔物から幼いグリネを逃がす様子はいつしか彼自身が経験した記憶として焼き付いていた。
 日が落ちかける頃になって武術の鍛錬を終えたグリネは自室に戻り、用意された夕食をとった。トレイに乗せられたパン、チーズ、サラダ、ミルクに向かい、頭の中で祈りを捧げてから一つ一つ平らげていく。やがて食事を終えると本棚から魔物図鑑を取り出し、古の魔物たちの特徴と立ち回り方を復習した。
 不意に部屋の扉が開いた。シスターがトレイを下げに来たのだ。修道衣に身を包んだ彼女はスラリと背が高く端正な顔立ちで、偉大な芸術家が造りあげた彫刻のように美しい身なりをしていた。その頃のグリネは不思議と彼女に甘えたくなる気持ちが体の中心からふつふつと湧き上がってくるのを感じていたが、彼にはそれが教団の一員として恥ずべきことであり皆に幻滅される要因と考え、それを知られぬようぐっと抑えて隠さなければならなかった。
「グリネさん。いよいよ明日が教団員試験本番です。準備はできていますね?」
 シスターの透き通った声に頷き、本を棚へと戻す。それを見たシスターは躊躇いがちに一度俯き、程なくして頭を起こしてグリネを見つめた。
「念のため、試験の内容をもう一度確認しますね。グリネさんは私と一緒に街の外の森へ入って、一人で魔物を退治する。その証として、魔物から切り取った体の一部を用意した袋に入れて持ち帰る」
 旧魔王時代ならいざ知らず、魔物=魔物娘となった今の時代では野蛮なしきたりだが、この施設は依然旧体制で動いていた。むしろ魔物娘となったことで純粋な人間の数が減っていくとのことで、必要以上に魔物娘を敵視している。どの組織にも過激派というのは存在するのだ。
 現代の魔物を全く知らないグリネは力強く頷いた。鳶色の瞳には決意の炎が揺れている。シスターが去り際に残した表情はどこか不安げだったが、彼は気にせず箪笥の中から明日使う道具を取り出し点検しはじめた。身軽な軽装の鎧に敵を叩き切る本物の剣。温度調節用のローブに魔物の体を入れる袋。その他の道具を一つ一つ手にとっては、布で几帳面に磨き上げていった。

 翌日、すっかり戦士の装いをしたグリネは、シスターとともに街はずれの森へと入った。二人は一切口を開くことなく、目で合図を送りあいながら森の奥へと進んでいく。普段人の通らない道は綺麗とは言い難く、途中蜘蛛の巣が張ってある箇所などは避けて通らなければならなかった。そして二人は、ようやく魔物と対面した。
「?」
 そのあどけない顔の少女は、一糸纏わぬあられもない姿で穢れを知らない純粋な目を二人に向けており、グリネは目を覆いながらも指の隙間から目を離さずにはいられなかった。自分と同じ年頃の女の子が裸でいるというのも衝撃だがその娘こそ、緑色の肌に桃色の髪を持ち、大きな白い花の中から様子を窺っているその娘こそ、アルラウネという魔物なのだ。
「気を付けて。魔物は姿を私達に似せて油断させようとする。決して気を抜いちゃダメ」
 グリネは初めて見る魔物の異形さに、そして不自然なまでに人間に近い外見に戸惑い
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