霧の大陸、コンロン山
仙人の居住地とも言われるこの山は、むしろ仙人の修行場と言っても過言ではない。
その高き山はろくに整備もされていない険しい山道が続き、山頂に近づくほど脆い足場になる上、頂上では息を吸うことも過酷である。
四季は夏と冬が長く過ごしやすい春と秋が極端に短く、夏は熱が己の身体を内外から焼き、冬の寒さは一瞬の隙でもあれば凍死を招く。
そんな山に住む獣は、少ない餌をめぐり皆獰猛とくる。
そんな山だからこそ武闘家のマオはこの山を修行の地として選んだ、それは己を鍛えるため、強さを求める欲求は、この程度の修行場でも生ぬるいと。
過酷な自然、そして獰猛な獣は全て彼の師とし、彼に多くの技を伝えたのであった。
さて、ここで話しを少し昔に戻そう。
マオはこの山に修行する以前より武術の達人であった、都の武闘大会で優勝した実績もある。
だが彼は知ってしまった、己が未熟者であると。
武術大会は、都の魔物討伐部隊の選考会でもあり、彼を始めとする武闘家達は魔物達を狩る先発隊として出立した。
都を脅かす魔物が住む邑を襲撃はしたが、結果は失敗……上手く彼は逃げられたものの、他の討伐隊のメンバーは魔物達に囚われてしまった、恐らく彼らの命はもう無いだろう。
逃げ落ちた彼は、武闘大会の優勝者から『負け犬』に成り下がってしまった。
彼は都を離れ、修行の旅へと出向いた
全ては己を鍛え、魔物を越えるため……いや、魔物の強さに魅せられた故か。
自己破壊衝動にも似たその決意からか、彼は自然とコンロン山へとたどり着いた。
山での修行を開始し、三年の時が流れた頃、彼は今日も木の上から手合わせの相手……熊や虎、鷹や猪、そして狼等の修行相手兼夕食の材料を探していた。
そんな時、普段見かけない不自然なものを見かけたのだ。
「炎?」
鷹のようなするどい、その目は炎を見つければ後を追う……この山に自分以外の人間が? それとも仙人でも現れたのだろうか?
炎は彼の興味を惹き、その主の姿を目視出来る場所にまで近づけば、思わず息を飲み込んでしまう。
魔物だ……
幼い少女の姿をし、その四肢に炎をまとう女。
炎のような美しい朱色の髪に、幼い少女にしては凛とした表情、その頭には獣を模したような巨大な耳があり、先端に炎の灯った尻尾まである。
あの魔物だ……
彼が敗北を経験したあの戦い、その邑で一番の使い手であると呼ばれた炎の魔物だ。
彼はそのまま駈け出した、豹に素早く、兎のように軽やかに……彼女の前に立ちふさがるように立てば、両手を合わせ軽く礼をする。
「貴方を手合わせを願いたい……」
彼は試したかった、そして確認がしたかった……三年前より強くなっている自分を……己の拳が魔物に通用するかと。
「あら、この山に拳法使いが修行していると聞いたけど……貴方だったの? 拍子抜けだわ」
甘い少女の声色の魔物は彼にそう語りかける、その次の瞬間魔物は構えに入る。
「いいわ、折角こんな辺鄙な場所までやってきたんだもの、少しは楽しませて」
魔物がそう語れば、炎は強く吹き出す……この炎が曲者だ、この炎に煽られれば理性より先に闘争本能がむき出しになってしまう。
「ご期待に添えるといいがな」
そう言ってマオも構えに入る……炎に煽られる中冷静でいられるのも修業の成果であろう。
「あら、貴方構えが変わった? いいわ、その方が楽しめそう」
魔物がそういった瞬間、その場から姿が消える、文字通り超人的な脚力で地面を蹴り、一瞬にしてマオのいる場所へと飛びかかる、その刹那、マオ自身もその身を獣のように翻し、魔物の攻撃を避ける。
先ほどまでマオの立っていた大地は抉れ、その中央に魔物は立っていた。
「避けるの上手くなったじゃない」
「冷静に見れば、避けるのはたやすいさ……この三年で弱くなったんじゃないか、アンタ?」
「減らず口を!」
三年前とは逆に、魔物のほうが先に頭に血がのぼり、マオに対して何度も拳を繰り出すが、その全てを綺麗に裁かれてしまう。
「ふん!」
「ひゃ!!」
毛を獣のような形をつくり、マオの拳は魔物の胸元をかすめる……その瞬間、魔物は宙を舞、マオとの間に間合いを取る。
「当てれるようにもなったさ」
「ふ、フン、今のはま、まぐれよ……」
マオの拳で魔物の衣服の胸元は破れ、小柄な身体には似合わない大きな乳房がこぼれ出る。
だが戦いに集中していたマオは、それを気にせず、魔物自身も隠すような素振りはしなかった。
「フェイファよ……貴方名前は? 折角だから覚えておいてあげるわ」
「マオだ、三年越しにやっとアンタの名前を聞くことができたな」
「今の拳に、その価値があったわよ」
そう言った瞬間フェイファはマオの懐に飛び込み、みぞおちに向け拳を叩き込む。
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