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あぁ、違うな。目覚めた瞬間にそう思ったけど、その感覚が続いたのはぼさぼさの寝癖で鳥の巣をこしらえた自分の頭を鏡で見るまでだった。枕元から盛大に転げてベッドから落ちていた時計を見れば、時間は5時12分。同僚を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
最近は快適な社員寮を提供する会社も多いとは聞くけれど、生憎と二組ずつのベッドと机を入れればぎゅうぎゅうになってしまうこの部屋を見るに、その例には当てはまらないようだった。
女性二人の同居部屋と聞くと、どうにも麗しいイメージがあるかもしれないが、物置と言っても差し障りのない悲しい現状は床を見れば明らかで。まぁ、そんな中でもある程度最低限とも言える秩序はなんとかあって(これは秩序と言うより女とか、人としてのプライドなのかもしれないけれど)、そのおかげかどこに何があるのか把握するのには困っていなかった。
手早く下着と上着を床から回収し、朝の諸々の支度を終えてから再び化粧のために鏡を覗き込む。セミロングの、社会人で許されるであろうギリギリのあたりでお洒落を頑張ってみましたで御在といった風な自分の髪型に、ナチュラルメイク。社会的には普通な印象、だったとしても、私の中では何かが違うという不定形の不安があった。もっともその不安だって、スーツ姿になってしまえば鳴りを潜めた。
同僚を起こさないように足音を殺して、すっかり履きなれたハイヒールを履くときに一瞬だけ、また不安が鎌首をもたげたけれど、それはまた別の形で霧散した。
そろそろと猫の額程度の玄関に向かい、いざ寮を出ようとした矢先に、何もないところで私は躓いてしまった。変な角度で勢いよくドアにぶつかり、したたかに肩を打ち付けると同時に大きな音が出て、しまったと思った時にはもう遅かった。
いったい何に躓いたのかと確かめるように下を向いた時には、その仕掛けを施した張本人であろう同僚に対して小さな恨みが湧く。
小さな逆氷柱が、床に生えていたのだ。それも気づかない程度にこっそりと。
仕方がないとドアを開けてさっさと寮から出ようとした時にはもう遅かった。布団から上半身を起こした同僚の姿が見えると同時に、怒声が私の耳をつんざいた。
「ハル!あなた出勤するのはお互い一緒って言ったでしょ!?」
「あなただって私を起こさず男漁りしてるじゃないフユ!」
怒鳴りつけられるのも構わずに言い返して、私は寮の外に出た。
愉快な同居人であるフユと同期同士の友好関係が続いたのはたったの半年のことだった。その後は腐れ縁、いや、そんな言葉で片づけるのも違う気がする。
世間に徐々に浸透してきた魔物娘という存在も、種族ごとに特徴なんてばらばらで、ましてや全員えっちとくれば誰だって変な目で見たりもするだろう。けれど、フユはどこか清楚というか、大人しい、言葉に変えてしまうと陳腐になってしまうけれど大和撫子というのがよく似合いそうな風だった。
その似合いそうな印象に違わず礼節正しく折り目正しく井井たる女性、魔物娘であり、口さがない人々が言うようなイメージを払拭してしまいそうな清らかさが形になったよう、少なくとも、第一印象はそうだった。
同じ寮の部屋になり、実際に話をしてみても、遊んでみても巷でまことしやかに囁かれていた淫靡さだとか、退廃した空気感なんてものは感じられず、ある意味で私は予想を裏切られた気持ちになった。
もっとも、今のやり取りからも察せられるように二重に裏切られるのだが。いや、案外裏切るというのは人が募らせた身勝手な期待が云々。
と、とりとめのないところにまで思考の枝葉が分かれ始めたところで、ちょうど会社までの近道である交差点で信号に引っかかってしまった。普段の時間通りに抜け出せれていればここの信号には引っかかることはないけれど、想定外の罠を仕掛けた悪友に内心称賛と舌打ちをしつつ、頓馬な信号機に苛立っているうちにタイムリミットはやってきた。
いやに身体の周りが冷える感覚。気付けば膨れっ面のフユが隣に立ち、何か言いたげな視線を寄越していた。
「ひどいんじゃない?」
「そうだけど……」
それ以上は言えず、口ごもりながらぼんやりと道行く人々の中に言い訳を探しながら私たちは信号が切り替わるのを待っていた。朝一番を挫かれたせいか、言い訳の気力もなくなって私は一言「ごめん」と言った。
よろしいと満足げな顔をするフユに妙に温かい気持ちが湧き上がるも、錯覚だなと思いなおすのも須臾と経たないうちのことで、違うな、という感覚が脳裏を少し掠めた。
「ハルももう少し積極さがあればいい人が見つかりそうなのにね」
「フユの手が早いだけじゃない?」
「私のは夫探し!私を溶かしてくれるような熱の人に巡り合わないだけ、今にきっと見つかるんだから」
熱。
そ
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