爽やかな風が吹いています。

1

 え?学校の作文でお父さんとお母さんのことを書くことになった?国語の宿題?そうか。いや、なにふと懐かしい気持ちになっただけだよ。でも、そうだな。面白い話ではないかもしれないな。お前はハッピーエンドの話が好きだろう?だから聞いていても退屈しちゃうかもしれないな。学校の作文にするならちょっと脚色を入れて……そのままがいいって?
 ははは、参ったな。
 どうしたもんか。いた、いたた。こらこら、そうぽかぽか叩かない。……わかったわかった。包み隠さず話すよ。ただ、作文にするならヘビーかもしれない。いや、間違いなく重いものになるだろう。子どもの頃の大人に対する憧れを砕いてしまうかもな。まぁなんせお母さんの種族は……わかるだろ?お前と一緒、うん、そうだな。ならいいか。あぁ、悪い。ちょっと台所の棚から酒を取って来るよ。あとタバコも。ははは、そう言うなって。一回死んだ身に身体に悪いなんて、そりゃ意味もない。お父さんのことをそうして心配してくれるのは悪い気分じゃないけどな。ありがとう。
 でも、ちょっと素面では話せそうにないからな。……魔物娘っていう存在が認知されつつあるって言っても、まぁお父さんにとってお母さんはお母さんで、お前の成長が人のそれとは違うとわかっていても、父親顔したくなる時はあるのさ。
 今でもお父さんだって?背筋がちょいと痒いな。いやいや、本当に痒いわけじゃないよ。ありがとうな。
 さてどこから話したもんか。でも話すなら一番最初からなんだろうな。長くなるか短くなるかはお父さん次第だが、じゃあいくぞ。

2

 お父さんの夢って話したことはあったっけ?ないか。実はお父さん子どもの頃からずっと憧れていた夢があったんだ。わたしの夢はお父さんのお嫁さん?ありがとう。それが変わろうが変わるまいが、お前が幸せならお父さんも幸せだよ。
 笑わないで聞いてくれよ?お父さん、若いころからずっと物書きになりたかったんだよ。同級生が警察官とか、パイロットとか、平和に暮らせればそれでいいとか言ってる中で。格好良さとか大人ぶった安定だとかそんな希望や夢が混沌としてる中でのお父さんの夢がそれだったんだ。だった、っていうことは変わったのかって?お前は将来探偵になれるかもな。いやいや、茶化してるわけじゃないぞ?誰かの死の傍にいてやれる優しさはきっと、お前にしかできないことだからな。それなら探偵じゃなくてもいい?間違いない。まだお父さんの中にも夢の未練があったのかもな。
 いや、その夢を諦めるエピソードがあったわけじゃない。ただ、自然と消えていったんだよ。大学生になって文学部に入って、文芸部でそれっぽいことをしたり作品を書いたりしてな。そうして話のようなものを積み重ねて、書き重ねていったりもしたけれど、それは大人になって次第に薄れていったんだ。
 理由を細かく言うことはできるんだろうな、きっと。
 仕事が忙しくなってきたとか、歳を重ねているうちに背中にのっかるものが増えていっていたり、久しぶりに物語を書いてみようとしても書き方をすっかり忘れてしまっていたりとか。兎も角、社会人の仲間入りを果たして二年目くらいだったかな。二年、長いようで短い時間だけど、お父さんの中から夢を希釈していくにはじゅうぶんすぎる時間だった。慌ただしい職場、入れ替わっていく人に増えていくやらなきゃいけないこと、休日がただ身体をベッドに沈めるだけの日に変わってから数えるのが面倒になって、考える力もなくなって。
 そこからしばらくしてな、お父さん煙草を吸い始めたんだ。
 今でも覚えてるよ、残業で朝帰りになった日だった。それまで吸ったこともなかったのにな、職場には吸っている人が多かったからその影響も多少あったのかもしれない。徹夜明けでおかしくなってたってのも間違いなくある。銘柄は色々知ってはいたけど、バージニアだったかな。とにかく一つそれを買って、アパートの駐車場の縁石に腰掛けて一服しようとしたんだ。
 その時だったよ。お母さんと初めて会ったのは。
 お父さん煙草を吸おうって決心したっていうのにライターを買い忘れちゃってな、それっぽく煙草を咥えたまま固まっちゃったんだ。なかなかマヌケな図だったと思うよ。火のないタバコを咥えたまんま縁石に座り込む成人男性ってのは。かと言って帰ってきたのに車をもう一度コンビニまで走らせる元気もなくて、なんだか自分でもおかしくなってきちゃって、俯いて、自嘲して、寝よう。当たり前のようにそう考えて停滞する幸せに身を浸そうって思った時だった。
『火、いりますか?』
 話しかけられたんだ。
 いつの間にかお父さんの隣に立っていた、黒ずくめの服に身を包んだお母さんに。それは本当に綺麗な光景で、真っ黒で艶々とした、そう、黒曜石でも砕いて梳かしたような髪の毛がよく朝焼けに映え
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