1
かつて一組の夫婦があった。のらりくらりとする様は人の世の中というものの隘路を好んで進んでいくようで、酔っ払いの千鳥足にも似て。けれどしかと見遣れば、その夫婦の小指は確かに赤い糸で繋がれている、そう根拠のない確信を覚えずにはいられない、まるで夫婦という形に真っ向から挑戦しているような。
どろどろに溶かされた闇夜が透けた、そんな目だった。男の隣で情事の残り香も気にすることなく、煙管をふぅっと吹けば、煙は吹かれたことに嬉しそうに部屋に濃い香りを満たしていく。たわわに実った乳房のかたわれには桃色の胡蝶蘭の入れ墨が鮮やかで、強烈で、まるでその実そのものが庭師が特に丹念に手を入れたそれのよう。
その女にも名はある。
その女にも種族はある。
けれどぬらりひょんははぐらかすことが得意故に、此度の話はこれにてお終いお終い。
2
夏の盛りが過ぎれば次は冬の盛りと、どうにも風が肌えを撫でる感触はじっとりとした愛撫じみたそれではなく、むしろ心身に静かに染みていく冷えていく。宵を迎えた男の家は、そんな風の一撫ででたやすく崩れてしまいそうな、けれど実際にはそうはならない、大工が首を傾げること請け合いの――有り体に言って襤褸家だった。
西洋の童話に三匹の子豚というものがあるというが、それの一番最初の家が、少し骨組みが立派になったくらいだと、男の家を見たものはそう口を揃えて言った。
けれどそんな家でも人の営みの灯りが点けば、暗がりに浮かんだ儚さと寂しさの入り混じった三流絵画程度の趣は出せるよう。
その中にいたのは、家主である男と、女だった。
「当たり前だけど、ずいぶんと最近は冷え込んできたね。どうだい、ほら、お前さん、寒さでやられちゃったりしてないかい」
声だけで男を惑わせる、本能的にそうとれる声だった。それも慣れた動きで客をとる娼妓のような、底には阿諛追従やら我利我利亡者の精神を潜ませたものではなく。ただ一人の男のために、男を誘惑する声だとわかるような。
ともすれば気遣うためだけのその台詞も、声音は秘め事と同義で密やかに男の股座をそっと撫でていく。
「ん、ああ。何せ身体の頑丈さとタフさぐらいがせいぜいの取柄だからな俺ぁ。それまで役立たずになったらどうすりゃいいのかさっぱりわからん」
「お前さんは相変わらず自分にあまり自信がない様子。でも過ぎた謙遜は逆に心に毒というもの」
言って、自然に男を後ろから抱きつく女の仕草の一切に不自然はなく、当たり前にそばに寄り添う夫婦の図は、誰もが羨むような円満のそのもの。囁くような擽ったい言葉に男は身じろぎするも、すぐに背中に押し付けられた柔らかな感触におとなしくなった。
服の上からでもわかる量感の兵器が、染入る隙間風の冷たさよりも速やかに男の血を熱く巡らせていく。
「まだ人の身なれ、私に一晩付き合えるお前さまを、どうして取柄がないなど言えましょうな」
「人の……?はは、おかしな物言いをするなあ、志野。俺はこの通り頭のさきからつま先までお天道様に顔向けできる人間さ」
「ええ。ええ。そうでしょうとも」
「それに、こんな別嬪な嫁さんなんだ。ついつい張り切るというものだろう」
「ええ。ええ。そうでしょうとも。『私たちは夫婦なのですから。毎夜愛し合うのは当然というもの』です」
当然の営みとして、当然のことが。男と女がいれば、そこからは口にするのも野暮ったい、愛だ恋だの沙汰のカタチが。
しかしこの夫婦の場合、それは殊更濃密に見えてしまいそうな。
より密着の度合いを深いものにすると、いよいよ衣の中の鞠は縦に潰れて蠱惑的にその姿を歪ませていき、背中に押し当てられる感触だけでもどのようになっているかが、いや、見えないからこそ却って興奮を煽るようで。
いよいよ幹のように隆起した男の存在は下着を突き破ろうとする勢いで、先走りが早くも淫靡な染みをはしたなく作ってはいたけれど。
その染みすら愛しそうに志野と呼ばれた女は指先で掬うように撫で、にんまりと口元に笑みを浮かべてから下着をずらした。
音は立てずとも勢いよく臍まで反り返ったその逸物は女泣かせと知らぬものはいない、などといった話は全くないものの、それでも男を知らない女ならば大そう手こずりそうな代物ではあった。が、わかりきったこと。男の背後にある女はそんな愛くるしい娘時分の頃合いなど疾うに過ぎた、手練れの。
「ほぅれ」
「おおう……」
片手で握られただけでも感嘆の息を吐く男の愚息は既に白魚のような手の中でびくびくと暴れ、魚籠に入れられた鮮魚のほうがまだおとなしいかと思うくらい。
もうこうした奉仕は何度されたかわからないというのに、未だに男は慣れることがない。日頃の刺激ならばもうすでに慣れ切って、下手をすれば萎えてしまうようなものでも
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