えりかわモンブラン

1

 袖野禊は魔女である。
 タイトル通りに述べるならば、袖野禊はウィッチである。
 そして袖野禊は変態である。
 語呂を合わせるならば、袖野禊はビッチである。
 と、ここまで述べたことは大よそ僕が言いたかっただけで、より正確に袖野禊という彼女を表すなら、ウィッチでもビッチでもなく、メイジである。
 ただし彼女はメイジはメイジでもダークメイジであって、単なる魔法使いという枠組みには入っていないというのが一番正しい認識だろう。
 己の欲望が無意識のうちに顕現したもの……らしい。生憎と黒魔術の類には詳しくない一般高校生の僕には精々この程度の知識しかない。
 もっとも、彼女とのことを思い返すとその素養というか、素質、資質は具わっていたように思える。
彼女は魔法が好きだった。
 もしも魔法が使えたら、なんてことで雑談をするのはしょっちゅうあったし、それに対して僕が現実的な答えを返して渋面をされたことも一度や二度じゃない。逆にこうなったらいいな、なんて希望を口にすると、それはもう嬉しそうにしていたものだった。
 けれど、本当に魔法が使えるようになってしまった袖野禊に対して僕は一つだけ言っていないことがある。それは雲のようにあやふやで輪郭もぼやけているものだから口にできない。それは本当に幼子が夢見る魔法のようなものに思えてしまうからなおのことだ。魔法を使える本人の前で「実は僕も魔法が使えるかも」なんて口走ったところで、すっかり性質が変わってしまった彼女からは「あら、大切なものは私で捨てちゃったから三十歳になってもそれは叶わぬ夢じゃないかしら?」とか、酒場の空気が似合うド下ネタになって消えてしまうだろう。
 だから、これはきっとこれはずっと僕の胸の中に仕舞い続けられる魔法だ。
 いや、よそう。魔法なんかじゃない。きっとこれは、呪いだ。子どもな僕が彼女を縛り付ける呪いだ。胸が締め付けられそうなほどに、苦くてむず痒くてそして甘い。

 さて、遅くなってしまったが、このお話はどんなお話かと聞かれるとそれは禊と罪のお話だ。それは袖野禊と、僕の名前が襟川積と面白いくらいに対になっているから言葉遊び的にそう言ったのではなくて。
 僕は至って変化のない、刺激がない中学時代を過ごしてしまった。よく不老不死のキャラクターは退屈すぎると死んでしまう、なんてことを口にするが、年齢が三桁四桁違うであろう相手の気持ちを、たかが十五くらいの僕はわかったような気になっていた。
 それでも、高校に入ればと期待はしていた。
 結果として中学を卒業したからと言って僕に大した変革が訪れるわけはなかった。そのことに絶望こそしなかったけれど、軽く失望してしまった僕と袖野が出会って、そこから話は始まる。

2

 その席は常に空席だった。窓際から二列目、後ろから二番目の席。教師の目を盗んで携帯を弄るのにも、居眠りするのにも適した絶好の席には、なぜか主はいなかった。僕はその席の後ろ、つまり窓際から二列目一番後ろの席だったのだが、常に他の学生よりも開けた視界を獲得するに至っていた。おかげで僕は携帯を弄るわけにも居眠りするわけにもいかず、真面目に授業を受けるほかない(そのせいか成績はそれなりだった)ので、ぼんやりと勝手に空席の主を想像するという暇な遊びを時々していた。
 当時は入学してからそろそろ夏休みに入ろうかというところ。そこまで一度も姿を見たことないのだから、ひょっとすると大怪我をして長期入院をしているのかもしれない。もしくは病弱か、家に引きこもっているのかもしれない。そうなると身体は華奢なイメージがある。そして色白だろう。
 そんな感じで、偏見に満ちた妄想をたくましくさせていた。が、バリエーションもお粗末な想像力ではやはり限界があるというもので、やがて僕は明確に一人のイメージを具体化させていた。その方が考えすぎて疲れるということもなかったし、色々楽だったのだ。
 ロングで、女の子らしい可愛さがあるといい。そして色白。胸は……贅沢は言わないので性別の違いが判る程度で。
 そうして作られたイメージを、色んな理由をつけて冒険させたり青春させたり、よく中学生がするような、学校にテロリストが侵入してきたらどうするか?というような妄想をするのが、日課になりつつあった、ある日のことだった。
 僕は袖野禊と邂逅した。
 その日は目覚ましを一時間ほど早くかけていた。これは意図したものではなく、単に昨夜の眠気に耐えられなかった僕がうつらうつらとしながら目覚ましをセットした故のことだったのだが、どうやらばっちりと睡眠はできていたらしい。妙に冴え冴えとした頭で、ここ数年で一番の目覚めだった。こうなると二度寝するにもそんな気分にはなれず、仕方なく僕は早めの朝食をとってから学校へと向かった。
 さすがに本来
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