SXIOA

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 お酒は好きだった。身体の渇きも心の餓えも全てを癒してくれる命の水。傭兵稼業に身を置くようになってから、それが前にも増して殊更わかるようになった。剣と剣をぶつけ、一瞬の判断が自分の人生を左右する、なるほどそれはある者が聞けばどこか刺激的で一種の甘美性さえたずさえているとも感じ取れるだろう。
 ただ、私の場合はそこまで複雑な事情ではなかった。
 単に、これくらいしかおまんまの種がなかったのだ。自分の腕っぷしくらいしとお酒くらいしか頼れるものがないと、ふとある時に気づいてからはとんとん拍子でこの世界に溶け込んでいった。そして収入が入れば、胃の腑にお酒を沁みこませて生きていることを実感する。実に合理的なサイクルが、いつの間にか私の中で完成されていた。
 しかし、このサイクルは時々奇妙な音を立てる。女の胎から鳴り響く、切なくいじらしい音が。お酒に身を任せても火照りは治まらず、どうしようもなく行き場を持て余してしまった時は、仕方なく自分で発散するか、行きずりの男か女と火照りを冷まし合う。決してそれは嫌いではなかったけれど、切なさだけは私の中で延々と滞留していた。
 当然、行きずりでよければ誰であろうと構わない節操なしではない。私にだって好みというものはあるし、何より雰囲気を楽しまない相手と肌を重ねるなんて真っ平ごめんだった。だからどうしても相手が見つからない時には、無理にでもお酒の力を借りるしかない。今日がそんな日だった。
 今拠点にしている国はそこそこの規模だが、嗜好品の豊富さでは大国にも引けをとらない。本心からそう思う。酒場のお酒とつまみが美味しいのが何よりの証拠だった。美味しいものがなければ、まずお酒の力を借りようとも思わない。自分で慰める手もあるが、できればあまりしたくはなかった。激しい自己嫌悪に陥るのは、男女大して差は無いのだから。
「もう一杯」
 ジョッキの中身を空にして、つまみのピーナッツを貪りながら頼むと酒場の女将さんは苦笑いを浮かべながら言った。
「羨ましい呑みっぷりだねえ。でも酒に呑まれないようにね」
「大丈夫よ、強いから。それにここのお酒、美味しいし」
 軽く受け流し、ついでに思っていたことを口にすると満更でもないような顔をした。意外と愛嬌のある女将さんの表情に、邪な考えが脳裏を過ぎって慌てて打ち消した。いくらなんでもがっつきすぎる。何より同性の場合、ある程度気を遣ってしまう。
 一気にジョッキのおかわりを呷ると、いい塩梅に火照りが治まってきた。というより、感覚が麻痺してきたと言った方がおそらく正しいのだろう。この状況で暴漢に襲われても撃退する自信はあるが、しかしここまで酒精に頼らないと治められない疼きの方が強敵に思えた。
 しかもそれはおそらく、自分の根っこに絡みついているものだと思えるものだからして性質が悪い。
 思い直すようにまたジョッキを呷り、ピーナッツを口に運ぶ。この組み合わせは悪魔的だった。
「ああ、そうそう。もう一つ注意することがあったんだった」
 と、ヤブカラボウに女将さんは言った。
「?」
「あんたみたいに、お酒飲んでる女性に声をかける奴がいるんだよ。これが結構な遊び人でねえ。一応気をつけといた方がいいかもしれないよ?」
「遊び人ねえ。まあそういう輩は嫌いじゃないよ。あいつらは一番雰囲気をわかってる」
「雰囲気?」
 と、首を傾げる女将さん。なんとなくだけど、遊び人は空気を読める奴が多い気がするのだ。そもそも、雰囲気を読めていないと遊び人としての生は謳歌できていないのだから。相手を不快にさせずに自身も楽しむ術に関しては、あの手の人種はトップクラスの能力を有している……という持論はだいたいの野郎の傭兵たちからそりゃねえよと断言されてしまった。
「どうも、そんな遊び人だよ」
「うひゃぁ!」
 急に隣から声をかけられ、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。そちらを向くと、いかにもな格好をした人物が実に堂々と私の隣の席に腰掛けていた。いくらなんでも隣に座られれば気づくはずなのに、気づけなかった。思っているよりも酒精が回っていたのかと疑問を抱く一方で、女将さんはどこか達観した顔をしていた。
 なるほど、こやつが。
 遊び人は女将さんに手早く注文を済ませると、私の方を見、
「ついでにこの人にも同じヤツを」
「はいはい。まったくあんたはもう」
 ぶつぶつと文句を言っているあたり、こういうことは一度や二度ではなさそうなことが窺えた。
「いやあ、お酒はいいよねえ。まさに命の水だ」
「それは同感だけど、何頼んだの?」
「ウイスキイ。嫌いだったかな?」
「いいや全然。好物」
 こうして自然に口説こうとしてくる姿勢が垣間見えるやつは、嫌いじゃない。寧ろこんな場末酒場の場合は、風情じみたものさえ感じられて、背景と溶け込
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