Glacage

1

 高校の屋上というのは大抵、背の高い落下防止用のフェンスで囲まれていて、ましてや屋上に通ずるドアなんてのは厳重に施錠されていて、無理にでもぶち抜かない限り踏破できるはずもない。だから僕らの集まる場所は自然と体育館裏だった。
 放課後、僕は体育館裏へと大よそ特別な事情がない限りは体育館裏にそこそこの頻度で足しげく通っている。怪しげな、秘め事めいたことがあるわけではない。ただ、雑談をするために、そこへ行く――のだが。
 彼は体育館裏ではなく横にいた。体育館横。当然数歩歩けば裏である場所で、呆れた表情で僕を待っていた。彼、悪友の森宥太はただジェスチャーで裏の方を差してみせた。いったい何があったのかと、おそるおそる様子を確かめると合点がいった。男女が絶賛互いの愛を確かめ合っている真っ最中だった。極めて遠まわしの表現をしたのは恥ずかしいからではなく、単に名も知らぬ二人の名誉を守るための僕に残された最後の良心だ。
「よくも飽きねえよな。ああもずっこんばっこんセックスしてよ」
「実に身も蓋もないことを言ってのけるね、宥太」
 じゃあ聞くがよ、と彼は続ける。
「お前は魔物娘が来てから随分と学校内でも風紀が乱れてると思わねえか?」
「その意見には諸手を挙げて賛成の意だけどさ、君が言えた台詞じゃないよね」
 この森宥太、彼女持ちだ。しかも魔物娘とくれば、風紀なんて口にしているその口がどれだけ風紀を乱したのかわかったものじゃない。ジト目で軽蔑をくれてやると、気に食わなかったのか頭を小突かれた。結構痛い。
 体育館裏でひっそりと行われていたはずの情事は(もう既に僕の良心は消えていた)いつの間にかヒートアップしていたらしく、ここまでしっかりと喘ぎ声が聞こえて来る。
「あのな、何か言いたげだが、俺はきちんと節度も場所も守ってるんだぜ?あいつとヤる時にはきちんとラブホか自宅だし、せいぜい日が暮れる前にはお互いに済ませて家に帰ってる」
「宥太、君としは幾つ?」
「十八」
「ラブホに行くんじゃない。しょっぴかれるのは向こうの従業員さんだ」
 はっ、と鼻で笑われ、何やら意味ありげな視線を送られたので今度は僕が何かを言う番だった。とはいえ、僕の場合何を言えばいいのかちっともわからなかったので適当に最近発売されたゲームの話でもしようとしたら、そうじゃないとまた頭を小突かれた。
 頭は叩かれるたびに脳細胞が死滅しているという話を聞いたけど、その真偽は定かじゃない。ひょっとするとこの悪友は僕の頭でその真偽を確かめようとしてるんじゃないかと、時々疑いたくなる。
「お前だって彼女持ちだろう?今となっちゃそうじゃない奴が珍しいくらいになりかけてるが、それだってあそこまでの美人だなんて、羨ましいぜ。クラスのマドンナじゃねえか。ナウなヤングの股間を鷲掴みしそうな感じの」
「宥太」
「なんだよ」
「君って言語感覚古いよね」
 盛大に殴られた頭の痛みを堪えつつ、僕はひっそりと胸中で冗談じゃないと呟いた。あいつは、伊万里万理は彼女じゃない。そしてそんな生易しいものでもない。あれは、あいつは悪意の塊だ。本人はそれが常識と考えているから余計に性質が悪い。この僕が、自分から進んで犠牲になったくらいだ。忘れもしない、あいつが転校してきたときのことを。あの衝撃と僕の覚悟を。いや、大見得をきって覚悟なんて言ったけれど、あれはだいたい諦めに近いかもしれない。
「宝の持ち腐れってやつか?もったいねえな」
「そんなんじゃないよ」
 僕はシニカルな笑みを浮かべて見せた。
「互いに束縛してるだけだ」
「……お前らさ、やっぱりなんだかんだ仲良いんじゃねえか。あとは、やっぱりお前らガキだわ」
 心外だねと呟いて、僕はその場を後にした。いつの間にか喘ぎ声は止んでいて、その代わりに教師の怒声が聞こえた。どうやら見つかったらしい。おそらくこってりとしぼられるであろう名無しの二人の冥福を祈りつつ、帰路につこうとしたところでばったりと出くわした。
 伊万里万理に。
「あら、やっと見つけた」
「本当に、君は嫌なヤツだよ」
「失礼しちゃうわね。右京君?」
 右京君。附田右京君と、彼女が笑みを作るたびに、僕の中では何かが進んでいく。停滞が好きな僕にとって、伊万里は天敵だった。
 誰にだって、停滞したものは必要なんだ。記憶のフィルムに焼き付いた光景が、あの頃の匂いが、耳に残った喧騒が。停滞しているものがあるから人は生きていけるというのに、こいつはそれを動かそうとしている。
 ただしこれは建前だ。
 本当に僕が伊万里を嫌いな理由はもっと別のところにある。嫌いだけど好きになった理由も別にある。
「どこかの右京と同じように、女性関係では苦労するみたいね」
「ああそれはきっと相棒がいないせいだよ」
 残念ながら、宥太は相棒候補にな
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