ぼくらと

1

 深々と冷え込む夜だった。傍で一緒に歩いてる人がいないと、雪と一緒くたになって消えてしまいそうな、そんな夜。
 隣で歩いている人も、心なしか寒そうにしていた。厚着はしているのだが、それだけでは防げぬ寒さもあるらしい。例えば、人肌恋しい寒さとか。
 ずいぶん関節は柔らかくなったようで、自分の頬を撫でながら彼女はぽつりと呟いた。
「寒い」
「寒くなりましたね」
 返事を返しながら、僕はもう片方の彼女の手を見る。でかでかとメリークリスマスの文字が綴られた袋は、なかなかの存在感だ。中身はその大きさから察するにケーキか、フライドチキンだろうか。いやいや、彼女の性質を考えると大人の夜を盛り上げるための小道具かもしれない。邪推も混じりつつ、思考を弄びながら僕らは歩いていた。
 手を繋ぐことはしない。
 腕を組むこともしない。
 互いにパートナーがいて、互いにその相手を想い合っているのだから、その必要はない。これが僕と彼女の距離感だった。不変の距離感であり、不動の距離感。
初めて出会ったのも確かこんな季節で、ちょうど去年のことだったか。提げている袋の中身をぶちまけてしまった彼女を偶さか目撃し、手伝ったのが最初だった。それ以降、たびたび偶然出会っては世間話をしながら帰路につくのが常だった。
 その時には関節も上手く曲げられず、地面にばら撒いてしまった物を拾うのに苦労していた様子だったけど今となっては懐かしい昔の出来事らしい。
 寒そうに両手をすり合わせ、指を盛んに動かしているところからなんとなく、彼女がどんな日々を過ごしてきたのか想像ができた。
 かくいう僕も負けてはいない。留守を任せてあるあいつとは、紆余曲折あって結ばれてからは巷の魔物娘とのカップル同様にアツアツな日々を過ごせていたはずだ。やや桃色に過ぎるのは、ご愛嬌として。
「そう言えばあなたはクリスマスはどうするの?」
「言わずもがな、でしょ。あなただって同じだ」
「違いないわ」
 このイブ、クリスマスにかけて魔物娘を相手にどれだけ全国の男性は搾られるのかを想像すると、思わず苦笑いがこぼれた。自分もその中にしっかりとカウントされているのだから、おっかなびっくり、けれど幸せといったところで。
 僕も彼女も、きっとこれから微熱のような夜を過ごす。
 互いにパートナーと、幸福に蕩けそうになりながら至福の時を過ごす。世界中に祝福が降り注ぐ日の、贈り物として。
「それにしても本当に寒いわ」
「キョンシーは寒さとかは大丈夫なんですか?関節が動かしづらくなるとか」
「いいの。旦那にあっためてもらうから」
 おっと。
 自然に惚気られては敵わなかった。
「あなたはどうなの?あっためてくれそう?」
 言われて、僕はふと家で炬燵の虜となっていそうなあいつの顔を思い浮かべた。互いに抱き合って、きっと求めあう。
「そうですね」
 僕はそう返すだけだった。
 その後はお互いに話すこともなく、黙々と歩き続けた。家が意外と近くにあるということをつい最近知ったばかりだ。
 寒さは心なしか多少は和らいだ気がする。それでも吐く息は白く、白磁を散らしたようになっているのは変わらない。聖なる夜には、いったいどれだけの愛が生まれていくのだろう。ふとらしくない、ロマンチックに満ちたことを考えて急に恥ずかしくなった。
「さて、それじゃあ私はここらへんで……って、どうしたの?やけに顔が赤いけど。風邪でもひいた?」
「いや、僕って意外とポエマーだったのかなって」
「ポエマー?」
 何を言ってるんだ、こいつはという風に首を傾げられ、若干傷つきながら僕はついさっき考えていたことを彼女に話した。案の定笑われた。寒い中でよくもまあここまで、と思えるような呵々大笑だったので、恥ずかしさのあまり穴でも掘ってそのまま埋められたい気持ちになる。
「そりゃあ、確かに、ふっふっふ。素敵なことで」
「いいですよもう。ほっといてください」
 不貞腐れてそっぽを向いた僕は早足になる。背後からからかう声がまだ聞こえていたけれど、それも聞こえないことにした。
 恥ずかしさを怒りの種火に変えてやろうとも思ったが、そうするには身体は外気で冷えすぎていた。こうなったらもう思う存分帰ったら激しくあいつを抱いてやろう。問答無用でケダモノのような夜を過ごしてやる。
 一人で悶々としながら、それでも僕はふと立ち止まった。
 急な発作に近いもので、自分でも処理しきれなかった感情の部分だったのかもしれない。ただ僕は彼女に一言、良いお年をとだけ大声で告げた。向こうからも負けず劣らずの大声で同じ言葉が返ってきた。
 早いとこ家に帰ろう。心の底からそう思った。
15/12/24 13:50更新 /
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