タイトル未定。

1

 私はこれまで、埃っぽい部屋に幾星霜とこの身をおいてきたけれど、研究なんて一度もやったことは未だに覚えがない。
 リッチだというのにこれはまた風変わりなことを言ってのけるヤツがいたものだと、哄笑されても文句など言えないだろう。私はあまり私自身を評価しないのだから。出会いと別れなんて、部屋の中ではありもしないのだ。
 けれど、研究を一度もやってないと言えばそれは嘘になるのだろう。自分自身すら実験材料にし、快楽を求める実験に失敗しても成功しても、私の中にはちょっとした満足感が確かに存在している。それを否定してしまえば、時々私の様子を見るために訪ねてくるサキュバスやバフォメットの友人に申し訳が立たない。土台、私の研究の評価を決めるのは私ではなく彼女たちであり、その夫たちなのだから。
 そこを否定するほど私は子どもじゃない。身体的には子どもと見られても仕方ない体格をしている自覚はあれど、年齢的にはもういい歳をしている。人と魔物娘の年齢をおいそれと比較できるものではないけれど、それでも妙齢をそこそこに過ぎようかとする年齢ではあるはずだ。近頃私の元を訪ねる彼女らの視線も、心なしか憐れみを含んでいる気がしてきた。それこそ私の心の焦りが見せる幻かもしれないし、よっぽど直視したくない現実なのかもしれない。
 幸いにしてその焦りが研究に影響を与えることはない。自分で自分を客観視することなどできないから、これは単なる言伝いだが、研究をしている時の私の顔はいたく真面目な顔をしているそうだ。魔物娘ではなく、一人の研究者がそこにいる――と。
 そこまで集中しているわけではなく、私自身研究の真っ最中にどんな薬品をどの程度の割合で混ぜたかをうっかり忘れることだってあるし、そもそも自分はなぜこんな研究をしているのだろうと首を傾げることだってままある。だからそこまで褒めるような、いや、冷静に分析を下されても的外れの感が否めないのだけれど、それがどうも傍から見た私の評価らしい。
 こんな評価を貰っているからこそ、私には人前で言えない秘密を抱えてしまっている。白日の下に晒されてしまえば、おそらく私の経箱などあっさりと粉微塵になってしまいかねない秘密。
 そんな秘密がまずあることを知ってしまえば、もう好奇心旺盛に訊くしかないじゃないかと言われればそれは無理もない。秘密はあくまで誰の目にも晒されず、本人にのみひっそりと抱えられているからこそ秘密なのであって、それが何らかの形で露呈してしまえばそれはもう秘密などではない。だからこそ私は機密文書などというものはハナから信用していない。文書などという媒体にしてしまった時点でそれはもう秘密としての形を保ってはいないからだ。
 そんな持論を持つ私だから、この秘密はそれこそゾンビ属であり、アンデット型である者が言えば諧謔味でも生まれようものだが、墓の下まで持っていくつもりだった。何一つとして口を開かず、ひっそりと胸にしまい込んで十字架の下に埋まるつもりだった。それが今になってなぜ?という疑問はもっとものことだ。
 理由は単純で、その秘密自身から秘密にしておくのは善くないことだと注意を頂いたからだ。秘密というよりは内緒、というニュアンスで言っていたとは思うけれど。
 前置きとして……いや素直にここは予防線と言っておこう。この秘密はあまりエンターテイメントめいたものではないし、ましてや小説めいたものでもない。私にそこまでの文才があれば多少なりとも脚色し、聞く人に対する配慮というものができた可能性も無きにしも非ずだが、それを期待するにはいくらなんでも畑違いだ。研究者が精々紡げるものは論文くらいだ。私にしてみれば精々机の上で埃被って山を成しているような類の。
 だからこそ、これは本当に事実の羅列であって時系列正しく並べた年代表のような印象を受けるのは、仕方のないことと思ってほしい。事実の羅列になるなら至極当然、そこには起承転結などは存在しないしなるほどと頷けるような結末もない。それを甘えと罵るならば、私の知り合いのリャナンシーにでも頼んでみるとしよう。
 きっと彼女なら素敵な文を書くに違いないと、保証できる。なにせあの夫婦は文の方面に秀でた芸術性を発揮している。まさに水を得た魚のごとく嬉々として筆を動かしてくれるだろう。あのように楽しく一つ事に打ち込むことができれば幾分、研究も楽にはなると思うのだが。しかしその方法をいつまで経っても、彼女はいつかわかるとはぐらかすばかりで教えてくれようとはしない。ちなみにかいつまんで全容を先に話してはおいたのだが、難しい顔をして、タイトルは未定だわと言われてしまった。解せない。
 閑話休題。
 どこからこの秘密を話せばいいのかと考えてみて、まずあの出来事が幸運だったのかと問われれば凄く微妙な立ち位置に
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