恋味

1

 初めてのキスは、甘酸っぱい。レモンの味。アルコールと煙草が混ざった味。物語によってキスの味なんて様々で、それは時に嬉しさを含んだり悲哀であったりと色々な表現をされている。でも、自分には一生縁のないものだろうと思う。
 夏、真っ盛り。
 そんなことを考えたりしないと、また頭は暑い暑いと愚痴を吐き出してしまう。僕の住んでいるところは見渡す限り田んぼと畑しかなく、遠くには山が見えるような絵に描いた田舎ではある。それでも道路には人の手が加えられ、きちんとアスファルトに舗装されているからタチが悪い。空を仰げば色は青。腹立たしいほどにその占める割合は大きい。放射熱と反射熱の板挟みというのは予想以上に生き地獄だ。
 ガリガリ君の一つでも咥えながら、どうせならこの道を歩きたい。そうすれば風情の一つでも生まれるだろうと、隣を向くとそこには一人の少女が溶けていた。
 もちろんそれは比喩で、ぐったりと座り込んで項垂れているだけ。熱されたアスファルトはそうとうな温度のはずなのに、熱くないのだろうかと思えば途端に飛び上るあたり、やっぱり熱いらしい。

「ねえゆーちゃん、夏ってどうしてこう暑いんだろう?」

 少女は言った。

「そりゃみーちゃん、暑くないと夏って感じがしないからじゃない。だから太陽だって頑張ってるんだ」
「でもさあ、太陽だっていつかは死んじゃうんだよ?なら今頑張らなくたっていいのにね」
「それは太陽にでも聞いてよ。僕は知らない」

 ぶーぶーと隣の少女は文句を言うが、今は一刻も早くこの暑さから逃れたかった。当然ながらゆーちゃんとは僕のこと、みーちゃんとはこの少女のことだ。
 蝉の大合唱は命を燃やし続けても構わないとばかりにその共振を肥大化させ、ノイローゼにでもなりそうな予感すらする。少なくとも、この季節は人間なら外に出るべきではないだろう。
 それでも外に出ている理由は単純明快で、僕らは川を目指していた。
 一時間ほど前、みーちゃんから電話があった。

『ねえゆーちゃん!川へ泳ぎに行こう!』

 そんな内容で。涼むためという目的はあれど、僕はクーラーの利いた部屋から抜け出すつもりはさらさらなかった。誰が好き好んで一時の清涼感のために地獄を味わうものかと思ったけど。
 ピンポーン、と。

「川に行こうよ!」

 この炎天下の中、ご丁寧にお菓子の入った袋をぶら下げて既に我が家の玄関の前にいたみーちゃんを見捨てるほどの外道は、僕の心にはいなかった。
 そして現在、徒歩二十分ほどかかる泳げる川を目指して僕らはこの地獄にいる。言いだしっぺのみーちゃんすら若干挫けかけているのだから、まったく夏というのは大したヤツだ。それでも気力を振り絞って尻尾を振り、復活するみーちゃんにはもう軽く感動すら覚える。
 そう、尻尾を揺らして。

「そんなこと言うんだから。ゆーちゃんは性格悪いんだ」
「まっとうな意見なだけだろう?」

 牛と同じ尻尾がピンと直立した。器用なものだ。蠅とかが寄れば同じように追い払うのだろうか?

「ぜったい他人の不幸は蜜の味だねとかいつか言っちゃうんだ」
「言わないよ。僕には恋の味とか、蜜の味なんてわからない」
「え〜」

 会話をし、少しでも歩くたびに彼女の胸はゆさゆさと揺れる。耳は嬉しげに上下に動くし、本当にこんなくだらない雑談でも楽しいのだろう。それが少し羨ましい。
 みーちゃんが普通の女の子ではないと僕の中で理解が追いついたのは、今よりもちょっと前、身長が十センチほど小さかった頃だ。彼女が魔物だということを知って、そして他の女性よりもよっぽど蠱惑的な生き物に分類されるものなんだと知った。世の男性が探し求めるような、そんな存在と。
 そんな事実を知った当時の僕は、薄情なだけかもしれないが、何も思わなかった。別に驚きも戸惑いもしない。ああそうなんだね、と。
 いつもと同じようにみーちゃんと接し、遊んだ。彼女がちょっと特別な存在になったからといって、こんな田舎で異変が起きるはずもなかった。現実は残酷なほどにあっさりと通り過ぎ、季節が過ぎるような剣呑な緩やかさで僕らの日常を育むことしかできなかった。

「逆に恋なんて、どんな味なのか知りたいね」
「え、えぇぇ……えっと、その、う〜ん」

 急に赤面してもじもじとし始めるみーちゃん。素直に僕はどんな味なのか気になっただけなんだけど、この返しはかなりのアッパーカットだったらしい。

「そ、そんなことよりもお菓子食べない?はいっ」

 一挙手一投足を観察しているだけでも結構楽しかったけれど、僕の視界を遮るようにしてお菓子で満たされたビニール袋を押し付けられてはそれもままならない。逃げたな。
 中にあるものはこれまた懐かしい香りがする駄菓子ばかりだったが、これを食べるとおそらく喉が渇いて余
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