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闇のランプという代物を欲しがる者は少なく、その用途も限定的ではあるが、しかしこの話に関してはその闇のランプのことを語らなくては始まらないし、終わりも見えてこぬであろう。この闇のランプという代物、大海の主たるクラーケンの墨、もとい魔力を凝縮したクラーケンのスミと呼ばれるものを燃料とする魔道具であり、疑似的な夜を作り出すことが可能になる。が、疑似的な夜という時点で用途はかなり絞られ、精々暗黒魔界の宿に夫婦やカップルの情交をより情熱的にするための補助具として置かれているのを見るのがしばしば、逆に言えばその程度のものであった。
その闇のランプを欲しがる者が一人。
ある時、というより大体は物言わぬただの像。しかしてその正体は立派な魔物であるガーゴイル、リサはひたすら台座の上に佇んでいた。いや、佇む、というよりは動けないでいると正した方が本人の名誉も幾分か守られるもので。
昼は身体がカチコチに固まってしまい、動けなくなるのがガーゴイルであり、どう足掻いてもこれに抗うことは不可能なのは本人とて承知しているところではあったが、しかし。
承知はしていても、暇なものは暇だった。ここの台座にご丁寧に猥褻本の一つでも地蔵の供え物の如く捧げられていたならば、彼女とて暇を持て余すことなどなかったろうが、彼女のいる場所は美術館。美術館に「資料」として展示されている彼女の下へ猥褻本など置こうものならば、即座に職員はその職務に忠実に猥褻本を排除し、ついでにそれを貢いだ慮外者も施設の外へと蹴飛ばすだろう。そもそもここが宗教国家である時点で、そのような猥褻本を手に入れるのさえ一苦労なのである。
そんな訳で、リサは太陽が昇っている間はひたすらに暇な時間と向き合うことを余儀なくされていた。だからといって夜になればそんな懊悩から解放されるかといえば、そんなことはなく、夜になれば動けるといってもそもそも夜中に美術館に訪れる酔狂な、というより犯罪者一歩手前の者がそうそういるはずない。
自分から美術館を出る、という手段も勿論、床のタイルを全て数え終わってしまう時間の中で考えたが、どうにも思案せどその案は悪い方に転びそうでぞっとしない。
もし出歩いたとして、万が一にも朝が来てしまったなら、その男の逸物を滾らせる肢体が日ノ本に晒されるのだ。その間に男を捕まえていれば話は別だが、捕まえていなかった場合、お天道様の下で淫猥な格好ながら諧謔味も感じられる姿で固まってしまう自分の姿は、冷や汗を額から流させるには十二分で。
(男がいるなら平気だけど、さすがに一人でってのは……)
と、いかに淫乱であろうとも流石に一度その光景を想像してしまうと、中々実行に移せるものでもなかった。だが実行に移さねば流行り病さながらに身体を蝕む疼きというものは性質が悪く、そろそろ自慰による密やかな発散にも限界が来ていた。
悶々とした気分は晴れることなく、むしろ堆積していく一方なので夜になれば所構わず男を襲ってしまうのも秒読みかと危惧されたときに。
(ん?)
ふと、目が合った。
気づけば台座の下で自分を見つめている少年が一人、じっと自分を見つめていた。歳はせいぜい二桁にとどくかとどかないかというところだろう。そんな少年が、どこかそわそわとしながらも尾籠な欲望を目に湛え、頬も染めながらしっかりと。
(……ははぁん)
具に観察してみれば、少年の視線はどちらかといえばリサではなくその豊かな胸部に、美しい曲線美を描いた砲丸よろしく艶美なそれへと、官能根差したものを注いでいて。
それも無理らしからぬことではあり、そもそもリサがなぜ宗教国家の美術館に展示されているのかといえば、邪教の異端さを知らしめる資料目的で展示されているのであって、その邪教が淫靡な色であるとくれば少年の性的好奇心を擽るのは火を見るよりも明らかで。
もし自分が動けたならばまず間違いなく襲って少年の身体に跨り、卑猥に腰を揺すって精を啜っていただろうと思う反面、手を出せないもどかしさというものがリサを苛んだ。
(はぁ……見た目も結構可愛いし、襲いたいなあ。動けるなら)
(まあそりゃ叶わないんだろうけどさ)
(それにしたって、ちょっとアタシの好みだしここで逃すのは惜しいなあ)
そうこう思っているうちに、少年は存分にリサの身体を目で堪能したのか、それでも若干の罪の意識はあったと見えて足早にその場を去っていく。
この行為を少年が何度も繰り返したならば、リサはパブロフの犬よろしく少年を見るだけで条件反射でその身を疼かせ、終いにはその実験者に対して平手打ちの一発でもお見舞いしてやりたくなる気持ちにもなったろうが、幸いに少年がまた訪れることはなかった。
堂々と会いに来たのだ。
夜に。
「かぁ〜、暇だなア。どうしたって私ガーゴイル
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