郭終いの見世仕舞い

1

 真冬には違いない。ひりひりとした寒さは肌を凍てつかせ、身をこわばらせる。だというのに鵺鳥が鳴いている。細くて高い、どこか不安にさせる鳴き声だ。それは遊女という自分の身分が関係しているとは、考えたくは無かった。この格子から出られるのはいったいあとどれだけの幾年月を経ればいいのだろうか。雪女も雷鳥も牛鬼も龍も、みなここを出て行ってしまった。もちろん私以外にもまだ残っている人はいるけれど、そのほとんどはもう身受けしてくれる相手が決まったのだという。
 一人になるのだろうか。
 ぞっとしない想像をしてしまい、寒さとは別の身震いが身体を襲った。私だって魔物娘だ。なのにどうして客が一人も来ないのか。よもや婀娜っぽさが足りないわけではあるまい。だとすれば、何か殿方が求める魅力というものと私の備えているものに差異が生まれているのではないか。そう考えると途端に居ても立っても居られなくなり、店主に問いただした。自分には何か足りないものがあるのではないかと。具に備えられないのは当たり前だとしても、もし致命的な欠点があるなら教えてほしいと。
 店主は困った顔をしながら云った。

「そりゃあ、綺麗過ぎるせいじゃないかな。硝子細工のような危うさと美しさが、君にはあるから」
「なにそれ。じゃあもっと不細工になれってこと?」
「そういう意味じゃないけどね。まあ僕としても君にとって素敵な人が見つかるようにと願っているよ。そろそろこの店は終いにしようと思っているから」
「それは懐事情が厳しいってことじゃないの。どこかの義賊や詐欺師のせいで」
「大切なお客様の悪口を云うものではないよ」

 咎めるように云う店主だったが、私は納得していなかった。ちっとも答えにはなっていない。店をたたむと云ったことに多少驚きはしたけれど、それでも私は自分のことの方が気になった。初見世すら未だ決まらない遊女に、なんの価値があるのか。いくら淫靡であろうと、魅力的であろうと、抱いてくれる男がいて初めて魔物娘は、私は輝ける。幸せになれる。
 いつまでもただ籠の中の鳥でいるのを甘んじているだけでは、いずれ果実は腐ってしまうだろう。考えると止まらなくなり、瞼の裏がじんと熱くなる。
 このままではいけない。
 そう思って格子の向こうから声をかけてみても、好みじゃないのか或いは単に懐の問題か、男たちはただ通り過ぎるだけだった。ちらりと一瞥する者はいても、声をかけてくる者は例外を除いて一人といない。一度でいい。話をするだけでもいい。妙に心がざわつくこの寂しさを埋めてくれる人が欲しい。切ない吐息を吐いても、それは白く染まって冬の空気に溶けていくだけだった。
 ただ、そんな私を見て話しかけてくる奴が一人いる。

「おや、今日も浮かない顔をして。そんな辛気臭い顔をしていては折角の美貌も霞んでしまいますよ」

 嘯くように――いや実際に嘯いているのだろう――詐欺師は云った。この店から、遊郭から一人の遊女を身受けした青年。口から飛び出す言葉をいちいち信用していては身がもたないことを知っていた私は、適当に受け流していた。素性もわからない、存在が雲のように掴めない男を掴もうとしても無駄なことだ。

「あのね。私に話しかける前に、あなたにはもう相手がいるでしょう?」
「今は家で留守番させてますよ」
「一緒に出掛けようと誘う甲斐性は?」
「さすがに息も絶え絶えになっている彼女を連れ回すのは、鬼畜がすることでしょう」

 何をした。いや、想像するのは下世話か。詐欺師なんぞに攫われる、もとい身受けされてあの子は大変なのではと時々心配はしていたが、それは杞憂だったようだ。魔物娘として、女として充実した時間を過ごせているなら、それに越した事は無い。
 ほっとすると同時に、少しだけ胸の辺りが熱くなった。醜い、醜い嫉妬の灯が私を内側から炙っていく。冬の澄んだ空気に、私の澱んだ気配が微かに混じるのがわかった。

「いつかいい人が迎えに来てくれますよ。保証します。直感的に恋だとわかるほどの人が現れます」
「詐欺師の云う保証なんて、説得力も皆無ね。諧謔味なら溢れているけれど」
「おや、これでも嘘をついたことも冗談を吐いたこともないんですよ」
「ふうん?」
「騙りはしますけどね」

 では仕事があるので失礼、私もお足がそろそろ入るので。そう云って詐欺師はどこかへ向かってしまった。お足、つまりは山吹色の菓子が――あるいは菓子ではなく瑕疵が――あの詐欺師の懐にすっぽりと収まるのだろう。もともとは誰かのあぶく銭になるはずだったものが。騙され巻き上げられた人は、心中お察しする。が、あのなかなかに強かな詐欺師から巻き上げられない方が難しいだろう。
 誰とも知らぬ犠牲者にそっと憐憫の情を覚えながら、私はぼんやりと空を眺めた。どこまでも広い。け
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