学術手記

ある学者の手記より抜粋。

1.

 私がこの手記を記しているのは贖罪の意が大半だ。出自も育ちも教団である私がなぜ贖罪をしなければならないのかといえば、それは魔物と関わってしまったからに他ならない。なぜそうなったかというのは今から遡ること数年前である。
 子どもの頃から私は好奇心旺盛だったが、大きくなるにつれてその好奇心は薄れてしまっていた。それでもどこかに純真な心は残っていたのか、学者の道を歩んでいた。学問としては、魔物学である。
 魔物学。その名のとおり魔物を専門にした学問だ。といっても主な目的は魔物の弱点を調査したりするものだった。他にはいかに邪悪なものかというのを調べ、それを一部の機関に提出するのである。それらの情報は民衆に教義に反する存在として危険性をうったえるために使われたり、魔王攻略のための貴重なものとして扱われているが、成果があげられていない教団の行く末を考えると、焼け石に水といったところだ。もっともこんなことは口が裂けても言えない。
 さて、では私がなぜそのような不遇ともいえる学問に身を投じたか。それは好奇心としか説明がつかない。どこに好奇心を擽る部分があったのかと問われれば、間違いなく謎が多いところだ。
 謎。
 魔物の生態については謎が多すぎるのだ。古来より人を喰らい殺戮を好む人間の敵とみなされてきたのは周知の事実だが、それにしては最近の魔物は妙な行動が多い。
 たとえば記憶に新しいレスカティエ陥落の事件。教団を大いに騒がせ、緊張感を一気に高める要因となった事件ではあるが、このレスカティエ陥落に関する資料にはおかしな部分があるのだ。
 一度講義の最中に学長が資料を見せてくれたことがあったが、その資料には書かれるべき項目がなかったのだ。つまるところ、死者が。
 わかりやすく噛み砕いて説明するなら、レスカティエ陥落時に死者はまったく出なかったということである。
 妙な話ではないだろうか?
 人を喰らい、殺戮を好む残忍なものならば当然その被害者がいるはずである。まさか全員捕虜にされて拷問にあっているとは考えにくい。いくら魔物のポテンシャルが優れているとしてもレスカティエには名高い勇者が何人もいたのだ。殺すよりも捕まえる方が数倍難易度が高いのにそれをわざわざ被害を受けてまで実行に移すとは考えにくい。
 学長は魔物の汚らわしさについて話していたが、私の好奇心は既に魔物の真実へと惹かれてしまっていた。
 そして私はある決意をした。
 魔物に対してアプローチをかけることにしたのだ。真実の究明のため、そして真実と教団の教義の間に齟齬があるのならばそれを正すべきだと思った。そうすれば無駄な争いもなくなるだろうと。

2

 意気込んだのはいいものの、いきなりアプローチをかけて頭からばっくり食われてしまっては間抜けでしかない。なので私は魔物の夫婦を探すことにした。
 どうやってその夫婦にまで辿り付いたかはここでは割愛させてもらう。私とて恩義があるし命が惜しいのだ。
 もろもろの詳細については省くが、私はまず今までの言い伝えられていた魔物とのギャップに大そう驚いた。その容姿はなるほど確かに人を魅了する魔力に満ち溢れている。だがそれ以上に私が関心をよせたのはその性格だ。夫婦に許可を頂き、大変不躾ながらもこっそり覗くかたちで夜の営みを見せてもらった時のこと。
 そこには私が聞き及んだことのない光景が広がっていた。甲斐甲斐しく夫に奉仕する魔物の表情は慈愛に満ちたものであり、凶暴と噂されるそれではなかったのだ。
 人間と魔物が性交するのは何ら不思議なことではない。古来よりサキュバスなどは代表例としてうわさ話をあげれば枚挙にいとまがない。そして性を搾り取られればあとは乾涸びて死んでしまうのがその話のオチなのだが、夫は乾涸びる様子もなく、己が逸物で魔物を突き上げて情事に耽っていた。
 その光景は罰当たりかもしれないが、非常に美しく官能的で、それでいて見る者に多幸感さえ与えかねないものだった。本当に、本当に魔物とは私たちに害を与える者なのだろうか?
 疑問がさらに深まった。

3

 さて、ここでこの魔物の種族だけでも紹介しておこう。正直接触を試みるだけでも私は決死の覚悟だったのだが、それは向こうとて同じことなのでここでは触れないのが礼儀というものだ。
 この魔物はキマイラ。獅子、竜、山羊、蛇の力を併せ持つハイブリッドな魔物だ。まだ拝ませてもらったことはないのだが、ヨンレンダァと叫びたくなる連撃の炎を吐くこともできるらしい。こうしてみると戦闘力だけでも非常に高いことが窺える。知能も高く、魔術も使えて毒も持っているとなるとこの種族が一匹戦場に赴くだけで戦況はがらりと変わりかねないだろう。だが、私はその戦闘力よりも内面が気になった。
 夫婦の生
[3]次へ
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33