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僕は実に間抜けな顔を晒していた。現実を受け止めきれていないせいで、もう笑うくらいしかできなくなっている。
その昔、ある恋愛映画のCMを目にしたことがあった。死んでしまった恋人が、未だ死を引きずっている相手に対して自分はここにいると必死にうったえかける内容だった、はずだ。あまり確実には言えないのは、その映画を見たわけではなく、あくまでCMから断片的に受け取った情報だからだ。実際に中身を見てみれば、実に広告の編集は秀逸なのかと感心するのは映画を見る上での日常茶飯事なので、断言ができない。
けれど、少なくとも今僕が置かれている状況はそれに値すると思うのだ。
「どうしたの?浅原君。ハトが豆鉄砲食らったような顔をして」
僕の目の前には、狐火美雪がいた。ふわふわと宙に浮きながら、まさに彼女の声音で、彼女の姿で喋る狐火美雪が。
本当に本人なのか?
自問するも、答えは出るはずもなかった。ドッペルゲンガーの彼女のことだってある。これもひょっとすると、妖怪だとか魔物だとか、怪異の類かもしれないのだ。
猜疑心は本来マイナスの部分が多いが、この時に限ってはそうではなかった。疑い深くなっても、損はない。もう落胆したり、それでも許すしかないような複雑な気持ちになるのはたくさんだ。あんな気持ちは、何度も体験したいものじゃない。
なにせ、僕の中のイメージとはまるで違うのだ。姿も声も狐火美雪と寸分違わぬものだが、僕が知っている彼女ではない。いや、僕が彼女の何を知っているのかという話になってしまうが。
「あはははは、変な顔!」
「そ、そうかな」
たとえば林檎を目の前に差し出されて、「これは実はバナナなんです。今まで林檎と言っていたのは全員がグルになってあなたを騙そうとしていたんです」と言われると、誰だってまさかとは思いつつ、本当かと疑う。信じたい気持ちと疑う気持ちは絶妙にブレンドされ、僕を混乱させる。
だが、これが彼女の知られざる内面だとしたら、僕はただイメージと違うというだけで拒絶するのだろうか。お目当てのものではないと知ったら、急に冷たくするのか?僕の中で確かに胎動していた熱は、そこまで頼りないものだったろうか。
「もうしょぼくれた顔してるなあ。好きな人が目の前にいるんだから、もっと照れたりしてくれてもいいのに」
「いや、好きな人って……」
自分で言うのは、自意識過剰ではないだろうか。
「違うの?」
「……あってるけど」
だが否定はできない僕だった。
僕を惑わすのはあのライアと名乗ったドッペルゲンガーだけで十分だと思ったのに、幽霊になった美雪さんはそれ以上に僕をかき乱すようだ。幽霊だというのに、どこか妖艶で艶っぽく、その瞳は喜色に染まっている。僕の記憶の中とはまるで違う彼女とのギャップにどうすればいいのか、最適解が見つからない。
ありのままを受け止めるなんて、そんなことができるのは物語の主人公だけだと心底思う。何かが違えば狼狽えるのが人間だ。困惑するのが人間だ。
そもそも、僕は今日、あることを決意していたはずだった。
「……ぁぅ」
部屋の隅っこで子犬のように申し訳なさそうに縮こまっているライアは、どうぞご自分など気にせずお続けくださいと言いたげで、それがかえって気まずかった。
そう、そもそも僕は今日、ケジメをつけるつもりだったのだ。違うのなら違うで、仕方が無いことだと。いきなり好きだと言われても、付き合うことなんてできやしない。未知は怖いのが人間だ。だから、せめて友達から始めるのはダメだろうかと、僕なりの結論を彼女に伝えるつもりだった。過去に縛られるのをやめて、踏ん切りをつけて歩こうと思った。
まあ、過去は僕を逃がすつもりなど端からなかったらしい。
踏み出した第一歩から足首を掴み、壮大に僕をずっこけさせた。その結果がこれだ。過去から脱却するための用意はわざわざ時間まで頂いてじっくり考え抜いたものの、まさか過去から別のアングルで切り口を求められるとは思ってもいなかった。
「ほらほら、そこでちっこくなってるライアもおいで。皆でお話しよ!」
「ぇ……どうして私の名前…………」
「幽霊だよ?盗み聞きとか便利なの」
さらっととんでもないことを言ってのけた。要するに、あの時の会話から全て聞かれていたということだ。僕の悩みも部屋でこぼした一人愚痴も全部全部全部。好奇心旺盛と受け取るべきなのか、とんでもない悪女と受け取るべきなのか非常にシビアだ。
「ねえねえ、ライアは浅原君のどこが好きなの?」
「えっ、あっ、ふぇっ」
「先に抱いてもらえたんだよね?いいなあ。ねえどんな感じだったの?」
「あ、えっ、あ、あああぁぁううううぅぅう」
目を輝かせながら質問を投げかける美雪さんに対して、ライアはもう涙目だっ
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