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くだらない噂話は、だいたい聞き流していた。話の種にはなるが、実用性なんてまったくない空虚なものだと思っていた。火のないところに煙はたたぬとは言うが、けれど噂よりもよっぽど確実性があることの方がどちらかといえば興味を引いた。
というのは建前で、実際のところは噂が嫌いだったのだろう。どうにも重ねてしまうから。噂の中身の薄っぺらさと、自分の日常の薄っぺらさを重ねてしまうから。
思春期特有のセンチメンタルだと思っていたのだが、それが大人になっても続いているあたり僕はまだ思春期の真っただ中にいるらしい。
そんな噂の中に、ドッペルゲンガーの話があった。噂というより、都市伝説の部類に入るのだろうか?ともかく、自分にそっくりな人が世界には三人くらい存在していて、そのそっくりさんに出会ってしまうと自分は命を落としてしまうという。暑い夜を涼しくすることもできない話だった。
くだらない。それが耳にしたときの率直な感想で、意見だ。
だから僕は今、どんな顔をしているのか自分でもわからなかった。あらゆることの規模が大きすぎて、受け止めて切れていない。いっそ叫びでもすれば整理がつくのだろうか?自問してみても答えは出るはずもなかった。
目の前には自らをドッペルゲンガーと名乗る黒ずくめの少女が一人、小さくふるふると震えながら立っている。僕の恋人は、僕の好きな人はどこへ消えたのか。
情報の奔流を受け切れずにパンクした頭からは煙が出そうだったが、それをする暇すら惜しい。僕はなるべく冷静にして彼女に話しかけた。
「……君は誰なんだ?」
返事はなく、ただすすり泣く声だけが耳朶をうつ。その声を聞いていると、心をちくちくと棘で刺されているような気がしてならない。
ただ、半ば憑依されたようにごめんなさいと繰り返す少女を見て、僕はなんとなく悟ってしまった。
狐火美雪は、本当に死んでしまったのだと悟ってしまった。
もう彼女はこの世界にはいないのだろう。きっと今頃は残骸のように骨だけが残り、存在証明はもうその骨でしか説明がつかなくなってしまったのだ。あの顔は、もう見れないのだ。次第に整理がついてきた頭の中では一方、そんな非現実的なことがあるはずないと認めない頑固な部分もあった。
まさか本当にドッペルゲンガーがいるなんて誰も考えやしない。思いもしない。目の前の少女をじっと見つけると、奇妙な息苦しさを感じた。
それだけ、彼女はきちんと対面してみるとなにかを感じずにはいられないものだった。一瞬だけなら理解できないだろうが、じっとしていると心の奥底で無理やりにでも納得してしまうような、明文化できない存在。オーラでもない、気配でもない。
もっと別の、次元が違う何か。
証明しようもない証明に無理矢理頷かされ、僕の中には空洞ができた。ギリギリまで拮抗していたものの境目が崩れてしまい、無性に悲しくなった。
僕の中で生きていた狐火美雪は白磁の破片となって消え去ってしまい、はらはらと地表に触れる暇もなかった。ぽっかりとできてしまった穴に埋めるものは見つからず、全身を脱力感に襲われた。
この少女は、ドッペルゲンガーは何を思って僕に近づいてきたのか。都市伝説にあるように、僕の命を奪うためか。なら、さっさとしてほしい。
今なら僕はすんなりと殺されるだろう。TVやネットで見かけていた、失恋して自殺するという事件の信憑性を身をもって体感した。ここまで空しく、何も残らないのならそれは自ら命を絶つことも致し方ない。
しばらく待ったのだが、しかして一向に少女は僕の命を奪うことはなかった。ただ泣き腫らして真っ赤にした目をこちらに向けて、なにか言いたげな視線を寄越すだけだった。
何かをされるよりも何もされない方が薄気味悪く、若干後退った。ドッペルゲンガーというものは、まずはこうして薄気味悪さで人を発狂させてから殺すなり入れ替わるなりするのだろうか?
微かな恐怖を刺激され、僅かながら生の気力が湧き上がったがだめだった。そこからどうすればいいのかわからなくなり、堂々巡りの思考が逆に自分を金縛りに陥らせ、その場から動けなくなる。
視線も動かせず、長い長いにらめっこをしてどれほど時間が経ったのか。
「あ、あの……」
小さい口が開かれ、重篤患者のようにか細い声が聞こえた瞬間、それよりもよっぽど大きな腹の音が聞こえた。僕ではない。
こんな緊張状態で腹の虫の訴えを聞くような豪胆さは生憎持ち合わせていない。
少女の顔が見る見るうちに夕日のごとく真っ赤に染まり、とうとう視線を合わせることも恥ずかしくなったのか、飛行機が急降下するような勢いで蹲ると、動かなくなってしまった。これじゃあ立場が逆だ。
緊張の糸が切れ、虚無感を感じていたことも馬鹿らしくなると一気に金縛りが解け
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