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私には妹がいた。実に可愛く、目に入れても痛くない程の妹である。その幼い外見とは裏腹に実に利発な妹で、少少の難問など赤子の腕を捻るくらいに簡単に解いてしまう妹だった。兄としても鼻が高く、自慢の妹だ。不安があるとすれば、それは一寸ばかり私に依存していることであろう。兄離れが出来ないのだ。これは兄としては有難くも悩ましい問題であった。自分を慕っているのは兄としても悦ばしくはあるが、物事には必ず程度というモノが存在する。何事であれ、行き過ぎてしまうとロクな結末を迎えはしないのだ。シェイクスピアの演劇が好例であろう。人は決して行き過ぎた先に光を見出すことは出来ないのだ。地獄の門へと這入ることはあるだろうが、しかしてそれでは意味がない。否、地獄を体験するという意味こそあるだろう。私はそんな体験は真平御免だが。
サテ、私は私なりに、具合の悪い頭を働かせてどうしたものかと考え込んでいた。私を溺愛する妹を、如何様にして引き離す――もとい、兄離れさせるべきかと。無論、今まで懐かれていた妹を此方からいきなりつっけんどんな態度で引き離す訳にもいくまい。しかし、けんもほろろな態度を貫くのも違う気がすると、私の頭の中で堂々巡りの会議が始まる。
そもそも、元元は妹は私に対しては冷淡を貫く主義であったはずなのだ。猫の額程度の愛想しか私にはなく、お互いに凍てついた冬のような関係であったはずなのだ。だが、その凍てついた温度はいつの間にか溶けていた。具体的な時期などは定かではない。考えれば考える程に、欺瞞に満ちた妹の態度ではあったが、それを嘘だとは思えなかった。馬鹿だと罵られればそこまでだが、私には常日頃から付き纏うこととなった妹の笑顔が、とてもとても偽装されたモノとは信じられない。当初こそ、変な食物でも食らってしまったのかと慮ったが、それも違った。
となると本格的に妹の心変わりとでも換言すべき態度の変容に、説明がつかないのである。妹を誇りにこそ思えど、不審に、不思議に思わない訳ではなかった。一体全体どんな風の吹き回しなのか。若しくは前前から私に面には出さないものの、ひた隠しにした恋慕の情でも内在していたのか。馬鹿な。自惚れが過ぎるというモノだ。
ハテ、どうしたものか。
思考の渦に溺れそうになった私はなんとか岸部まで足掻くと、妹の他の異変について考えることにした。小さな異変であれ、妹の豹変を紐解く鍵になるやもしれぬという、淡い期待からだった。
まず思い出したのは、妹の性格がガラリと変わった時期とほぼ同じ頃に、妹が箒を持ち始めたことだ。妹が魔法を用いることは承知していたが、しかし箒などという小道具を扱っているところは、あの時私は初めて目にした。てっきり妹は魔法に小道具を用いないのが金科玉条かと勝手に納得していただけに、その衝撃は大きかった。
箒に跨り空を駆ける。文面にしてみればしっくりとくる魔法使いの典型ではあるが、それを妹という人間に当て嵌めた場合、それはまるで道化師から滑稽さを奪ったような憐れさを孕んでいた。利口な道化師など、誰が笑ってくれようか。真逆、それを見るためにサーカスへと赴く物好きも流石にいまい。
兎も角、同じ時期に変化があったことから、箒にも何らかの関係性が見え隠れするとみて良いだろう。そこで私の頭には一瞬、善からぬ考えが浮かんだ。ひょっとすると妹は、巷で実しやかに囁かれている魔女という存在に成ったのではないか。
偶偶かもしれぬが、箒という点と、兄に懐くという点は噂に聞く魔女のそれと類似していた。もっとも、妹を魔物に変えてしまうとなると、その元凶がいるということにも繋がるので、中中ぞっとしない想像ではあったが。
試しに妹の部屋に這入り、ぐっすりと眠っていた妹を起こして訊ねてみると、質問に答えてくれるどころか不機嫌そうに部屋から追い出された。我が妹ながら、乱暴甚だしい。妹曰く、乙女の部屋に合図も無しに這入るのは礼儀知らずだそうだ。
まあそれもそうか。やや己の内に納得のいかない感覚を抱きながらも、私は思考を脳の外側へと向けた。
妹の気持ちを忖度したところでおそらく、理解は無理だと考えた方が利口だろう。ならば本人に訊くのが一番手っ取り早いと思ったが、それも叶わぬのでは手の施しようがない。殆幾困ったものだと頭を悩ませていると、部屋から妹が出てきた。
ハテ、どうしたのかと訊こうとした矢先、妹の方から口を開いた。曰く、花も恥じらう年頃の乙女の部屋に無断で這入ったことが罪なだけで、質問に答えないとは一言も言ってはいないとか。思い出してみれば、それもそうか。
では早速と、妹にお前は魔女に成ってしまったのかと訊ねると、はいそうですとの答えを頂戴した。てっきり自分としては、苦笑されても仕方のない妄想の類かと思っていただけに、こうも易易
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