ロンリーロンリー

1

 空がだんだん白みはじめて、夜の世界が終わりを告げようとしていた。六畳一間の部屋はひどい散らかりようだけど、それでも最低限保てるだけの秩序があるぶんまだマシだと思いたい。生憎と僕の部屋に備え付けられているカーテンは遮光性の高いものではなかったため、どう頑張っても夜が死ぬ時間帯はわかってしまう。
 意識してもしなくても、自然と部屋の光源が人工的なものとそうでないのとで切り替わるのがわかるからだ。それほどまでに、日の光というのは強くて優しい。
 僕は夜明けに対して、ちょっとだけ懐かしさを感じるときがあった。それはきっと、彼女が原因だ。白く透き通るような肌とぞっとするほどの美貌をもった、死んでいる彼女に出会ったからだろう。

2

 行きたくもないコンパに誘われ、僕が解放されたのはもう夜も明けようかという時刻だった。アルコールで毒された身体が鉛のように重く、関節がブリキのごとくギシギシと音を立てている幻聴さえ聞こえてくる。あのお酒に妙なものでも入っていたのだろうか。
 一瞬浮かんだ疑問は突如として襲ってきた不快感によって塵芥と化した。胃の中が煮えたぎる感覚。まずいと思い、僕は近くのコンビニへ慌てて駆け込みトイレを借りた。何とか危機を脱し、ついでに水を買って臭気を無理やり体外へ押し出す。ある程度マシになった身体をひっさげて、僕は再び帰路へついた。多少冷静さを取り戻した頭が、ついさっきまで行われていた光景を映し出す。思い出したくないのでどうか忘却の彼方へと消し去ってくれと頼んでも、上映会のようにフィルムが止まらない。キツイ化粧と香水の香りを周囲にまき散らしながら、甲高い声で品の無い笑いを響かせる女と、それをさも良いことだと囃したてる男の組み合わせ。
 そして僕。
 露骨に身体を吟味する視線と顔の品格を品定めする視線が交差する中で、僕は一人その異常な空気から疎外されていたはずだ。そうであってほしいと、心から願う。あんな混沌とした空間で、欲望に塗れた空間に放り込まれたら正常であれるはずがないのだから。何組かは意気揚々と、常識を失った瞳のままホテル街へと向かっていった。
 散々僕に「変わっている」「言い方が直線的すぎる」「段取りが悪い」などと言いたい放題の罵声を浴びせた後で。
 何をしているんだとは思う。参加してもどうせ撒き餌にされるだけで、僕自身が得るものなんて何一つありゃしないのに。社交儀礼という言葉に雁字搦めにでもされているのだろうか。だとしたら、一刻も早く解放されたい。そんな四字熟語は大嫌いだ。
 堂々巡りで愚痴ばかり吐き続ける思考の波に辟易しながら、僕は重い足を動かしていた。兎も角、今日はもう休まないと身体がもたない。早く家に。
 その一つ事だけを考え、僕の足取りは自然と早くなりやがて自宅にたどり着いた。
 自分の過去を振り返っていると、ふと思うことがある。
 僕はもう少しまともな人生を歩んでいけたんじゃないかと、後悔することがある。膨大な選択肢の中で、重要な選択をことごとく間違え迷い騙されてここまで落ちてしまった僕に、次の選択肢は果たして巡ってくるのかと不安に思うこともある。
 その答えは誰もわかりはしないのだろう。
 家のドアを開くと、彼女がいた。名も知らぬ彼女。甲斐甲斐しく起きて僕を待っていたのかと思うと、その健気さに涙が出そうだった。

「おかえりなさい」
「ただいま」

 夫婦のようなやり取りを交わして(実際の夫婦なら喧嘩の火種だろう)僕は彼女の傍を通り過ぎ、自分の部屋に籠った。ご飯は作っておきましたという彼女の声に返事をする気力すらなく、僕はあっさりと意識を泥の中に沈めていった。
 ……僕と彼女が奇妙な同棲生活を始めたのは、いつからだったか。確か僕が大学に入学して間もない頃だったと記憶している。
 当時の僕は……いや今もだが、特にこれといった夢も目的もなくただ「なんとなく」で大学に入学した奴だった。とりあえず大学には通わなくちゃいけない。強迫観念にも似た、しかし異なる惰性によって僕は適当な大学を選び、試験を受け、そして無事合格した。
 実家からは遠いところだったので、一人暮らしをすることになり色々と慌ただしい日々が過ぎていったのは覚えている。そして入学式も終わりそこそこの日数が流れた頃、僕は彼女と出会った。
 風変わりな講義の内容に惹きつけられて、興味本位でその講義を選んだものの、参加者は二人だけというなかなかに悲しいものだった。一人は僕、もう一人は言うまでもなく彼女。
 遅刻をする僕とは対照的に、彼女はいつも時間きっちりに教室に来ていた。
綺麗だし几帳面だな、というのが第一印象だった。染めているのか、髪の毛は金髪。身に着けている服はたおやかさを感じさせるが、その身体の稜線をしっかりと描き出し、どこか官能的だった。
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