1
「付き合ってください」
それは僕が平凡な生活を送っていた、高校生二年生の秋休み直前のことだったと思う。僕は当時、クラスの中でも注目されていたある女子生徒に告白をしていた。成績優秀、容姿端麗、品行方正、明眸皓歯、才色兼備。その美貌は三里先まで届くであろう眩さ、とここまで大げさに言えば嫌でもその女子がクラスのアイドルのような存在であったことがわかるだろう。いや、アイドルと言うには、少しばかり語弊があり認識の齟齬をきたしてしまうかもしれないが。
さて、ここでなぜ平々凡々を体現しているとまで揶揄される僕が常軌を逸した行動に出ているかと問われれば、それは僕の家庭の事情と言う他に説明のしようがない。
ここでそんなに意味深なことを言えば、それは精々親の仕事の都合で転校することになったからだとか、そんなところだろうと高を括られる。しかし勘違いしないでほしいのは、僕はそんな幸せな理由では、幸せな家庭の事情ではない。
もっと現実的で生々しい、お金の問題だ。
学費が、払えなくなったのである。
会社の倒産、夜逃げ、突然の事故死。実に非現実的で、だが最も身近に潜んでいるであろう社会の闇、とでも比喩すればいいのか。その闇に牙を
#21085;かれた僕の一家は、見事に喉笛を噛み切られていた。頸動脈をいともたやすく切り裂かれ、噴水のように鮮血が飛び散る代わりに紙幣が零れ落ちていった。
ここを詳しく描写するのも出だしから重たくなるだろうから、そこは省いて想像にお任せするとして。
その話はあっという間にクラス内を駆け巡り、好奇の視線の的になった僕の居場所が学校にはなかったことは、想像するに容易だろう。
ただ、僕にだって意地はある。
だから、この様な逸脱した行動に出たわけだ。
「ふうん」
相手は、さも興味無さそうにこちらを舐める様な視線で見つめている。まあ、僕が彼女の立場であったとしたら、即座に断るだろうから仕方ないことだろう。完全なる僕の自己満足なのだから、彼女には迷惑をかけてしまったかもしれない。
ああ、そうだ。僕としたことが、とても大切な点を忘れていた。
前述したように僕が告白し、今目の前で腕を組んでいる女子は確かに美人を表す四字熟語や形容句であれば、大半は当てはまってしまう絶世の美女に間違いはない。
けれど、一つだけ変更点があった。
彼女をクラスのアイドルなんて僕は比喩していたが、彼女は決してアイドルという世俗の汚れに穢された存在ではないだろう。いや、クラスの皆はその表現こそ妥当であり適切だと思っているに違いないけれど、僕だけは知っている。
最も彼女に――釧路白に――適した表現が、
「跪いてくれれば考えない事もないわ」
女王であると。
2
高校一年生の夏のことだ。
夏休みも目前に迫り、クラスもどこか落ち着かない空気に満たされていた。それはきっと貴重な青春の一ページになっていく。微笑ましいものだ。きっとそのページは灰色か真っ黒、青の三つの中から無慈悲に選択されるのだろう。出来ればみんなのページは青色になってくれるといい。
他人事に思考を巡らせる余裕があったのは、決して僕が既に彼女が出来ていて所謂勝ち組に属していたからではなく、単に自分を見限っていたからだろう。悲しくなるが、見限れば自然と心に余裕が生まれてくるのは否定しようもない事実だ。失うものがあるから焦るわけで、何もなければ別にどうということはない。
手遊びにシャーペンをぐるぐると指先で弄びつつ、僕はぼんやりとこれからの高校生活について思考の裾を広げていた。
夏休みはどう過ごしたものだろう。
夏休みという単語が甘美で宝石のように美しく思えたのは中学生までだった。高校は補修でほとんどの休日が潰えてしまう。数少ない貴重な「本物」の休日をどう過ごすか。その予定を組み立てることが高校の夏休みの醍醐味ではないのかと、僕はまだ経験もしていない夏休みについてあれこれと思考していた。
無論のことだが、この時の僕はまさか自分の身にとんでもない不幸が降りかかってくるとは微塵も考えていないし、クラスの中で一番美人の釧路白さんの秘密を知ってしまうなんて予期できるはずもなかった。
予期できたとして、予知できたとしても、打つ手なしであることに変わりはないけれど。
閑話休題。
釧路白さんを最初に見て、僕が抱いた率直なイメージは高嶺の花だった。とても自分じゃ釣り合いがとれそうにない。いや、もうそんな愚考をしている時点で身の程を弁えないにも程があり、おこがましい限りだとすら思えてしまうくらいに。
別段僕が卑屈な性格ではなく、本当に自然とそう意識してしまう女の子だった。教師に質問をされれば、
「そうですね。酔生夢死の人生を送ること、でしょうか」
と見事に知識と教
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