どっちが狂ってるんだい?
さて、ここで突然ではあるが、嗜好品として人気の紅茶について思考してみよう。嗜好について思考するのは何も洒落たことを言っているつもりではなく、誰しもが一度はしたことがあるだろう。僕の場合、それが紅茶だっただけのことだ。
老若男女を問わずに嗜まれる紅茶だが、ひとえに紅茶と言っても様々な種類がある。しめやかな雨を連想させるような、どこか哀愁漂う香りの紅茶もあれば、独特の個性をこれでもかと発揮した味の紅茶まで十人十色。いや、紅茶は人ではないので、十茶十色といったところだろうか。たとえばダマスクローズやケニルワースなどなど……と、つまびらかに紅茶の数々を時間をかけて説明するのもやぶさかではないのだが、それをすると大抵の人物に距離をとられてしまうのでここいらで止めておくことにする。
ともあれ、三度の飯より紅茶が好き、なんなら主食が紅茶であっても何ら構わないという僕にとって、この世界に迷い込んだことはまさに運命だった。
こんな物言いをすると、自分の感性の貧しさと語彙の乏しさを露呈することになるので気恥ずかしいのだが、それでも、この時ばかりはたとえどれほど豊かな語彙を頭に蓄えていたとしても、この言葉を選んだだろう。
もともと天涯孤独、無頼の徒であった僕はこの世界と、一人の女性に虜になっていた。
いや、もし向こうから誘惑してこなくても自分から飛び込んでいただろう。ふらふらとウツボカズラに誘われる蠅よろしく、いつかはこうなっていたに違いない。
そんな根拠もない確信に、やけに自信が持てた。
まあそんな僕が虜になるということは、当然そこは紅茶天国だったわけだがここで一つ、話のピントをずらして一人の女性に焦点を当ててみることにする。
最初に彼女に出会ったのはこの世界に迷い込んでから間もなくだった。いくら紅茶怪人と友人から揶揄される僕であれども常識が欠落しているわけではなく、当然知らない場所に迷い込めば混乱してしまう。
巨大なキノコやおとぎ話に出てきそうな奇怪な木があちらこちらへ乱立する、無秩序そのものといった体を成している世界に迷い込んだ僕は、大変怯えたものだ。
正確には五分ほど。
これも語ってしまえば、やはり己の単純さを曝け出すようで顔が熱くなるのだが、僕はふと鼻腔が微かにとらえた匂いにふらふらと釣られてしまったのだ。言わずもがな、紅茶の香りである。
さながら犬のように香りを辿り、僕はある一軒家にたどり着いた。原色がやたらと目立つ屋根を見て僕は、まるでヘンゼルとグレーテルに出て来るお菓子の家のようだと感心した。が、そんな感想もどこかへと塵になってしまい、次の瞬間には僕は見知らぬ家のドアをノックしていた。
ほどなくして出てきたのは、街角で見かければ万人が振り向くであろう、絶世の美女だった。いかにもな陳腐な表現ではあるが、実際にお目にかかればきっと誰もが僕と同じ感想を抱くはずだ。
燕尾服をきっちりと着こなし、優雅さをその身に纏わせた若い淑女。その姿に、僕は浅ましくも紅茶のことすら忘れて見とれてしまっていた。
「おやおや、珍しい客人かと思ったら、早速熱烈な視線を頂けるとは」
開口一番言われた言葉に、僕ははっと我に返った。途端、羞恥が顔面から吹き出しそうになるのを必死に堪えることとなった。
「す、すいません。あの、……」
「ふふふ。言わなくてもわかるよ」
彼女は意味深な笑みを浮かべ、
「お茶会にようこそ」
僕を家の中へと招き入れた。
家の中は存外に広く、綺麗に整っていた。ああ、女の人の家だなとくだらないことを考えながら、僕は促されるままに用意されていた椅子に腰かけた。フランスでも滅多に手に入らないようないかにも高級そうな椅子の座り心地は、中々のものだった。
目の前にぶら下げられた紅茶には食いつかざるを得ないのが僕であり、ここで何の疑問も持たずに家の中に入って寛いでいることに、疑問も懸念もなかった。
彼女は慣れた様子で手ずからティーポットに湯を注いでいた。その動作の一つ一つが様になり、僕は思わずため息が漏れそうになった。
「さて、飲み頃になる時間まで言葉遊びでもして過ごそうか」
「え、あの、僕、あまり博識ではないんですが……」
「そうだね。どっちかと言えば薄識だ」
彼女は優雅に足を組み、女王のように頬杖をついた。それがやけに似合っていて、僕は思わず、
「看取れたかい?」
「見惚れました」
「ふふふ」
彼女は楽しそうに笑うのだが、僕には何が楽しいのかわからなかった。いや、そんなことよりもここがどこなのかすらわかっていないのが現状なのだけれど。
「あの、嘲笑してるんでしょうか?」
「まさか。寵妾なら大歓迎だけどね?」
「?」
「さすがに喋々喃々とはいかないか。まあいい
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