これは私が恋、いえ、快楽というものに掌の上で転がせられた、滑稽極まりないお話です。
私は夕焼け美しい地上に降りてきていました。もちろん地上にいるということは、決して不真面目に俗世に染まろうなどという考えからではなく、忠誠を誓った主神様の命によるものです。
地上を染める毒である魔物を討伐する勇者。その素質を持った者を育てよとの命令でした。私は従順に、地上に降り立ちあらかじめ指定されていた場所へとやってきました。
そこは、ほぼ何もない小高い丘でした。ほぼ、というのは、実はそこに一軒だけ小屋が建っていたのです。煙突からもくもくと白い煙を天へと伸ばしています。主神様の仰っていた通りであれば、そこに勇者の素質を持った青年が一人住んでいるとのことでした。このような辺鄙な場所に勇者がいるものかと、疑問符を声音に乗せる方もいるかもしれませんが、素質は場所などに限らずどこにでも、誰にでもあるもの。それが偶々辺鄙な場所で暮らしている青年にあったとしても、なんら不思議ではありません。
それよりも不思議であったのは、命令を下した主神様の方でした。いえ、忠誠を誓ったのに猜疑心を抱くとは、戦乙女の風下にも置けぬやつだと罵られても仕方ないのですが、それでも変だったのです。
『仝§×Γ£Θ◇』
と、いつものように心が洗われるような美しい声で、精神に直接命令を下さった主神様だったのですが、いつもと違うことが一つだけありました。
その勇者の素質を持つ者を、男にしてやれ、とも言うのです。おや、と私は思いました。主神様はそういった行為は毛嫌いしていたはずなのですが、それを私に命じるとは思ってもいませんでした。だから感じた違和感だったのですが、それもすぐに雲散霧消。塵芥と化しました。主神様のことです、きっと何か考えがあるのでしょう。まだ顔も知らぬ男と交わるのはいささか不安ではありますけれど、それが命令とあらば仕方がありません。
私は煙を吐き続ける家のドアをノックしました。
しばらくして、中から青年が出てきました。ジパングの血が混じっているのでしょうか、夜の闇を溶かしたような黒髪が印象的です。青年は怪訝な視線で私を見つめ、どちらさまかと問いました。まあ当たり前のことなので大して動揺しません。私は努めて義務的に自身の役目を話しました。勇者の素質があることを。
赫々云々。
間をはしょったりもしましたが、それでも伝えるべきことは粗方伝えきったと思ったのですが、そこで一つ私が予想だにしていなかった事態が起こったのです。
「それ、俺じゃないとだめなのか?」
そう。青年は、勇者になることに積極的ではありませんでした。これは私としては考えもしていなかった事です。勇者になることは人間にとっては名誉なことで、誰もが喜んでその役目を引き受けるものだと思っていたので、そんな返事をもらった私としては大いに戸惑うほかありませんでした。
そんな事を言わずに、やりがいのあるお役目だからと青年を説得する私は、下界で言うところの怪しい勧誘のように青年の目には映ったことでしょう。ですが私とて承った役目は遂行しなければなりません。一騎当千の勇者に育て、魔物を蹴散らしてもらわなければ私の立つ瀬も無くなってしまいます。
そこで私は青年に勇者の素晴らしさや魔物のおぞましさを語って聞かせる作戦に出ました。己に与えられた役目、いえ責務とも言えましょうか。兎も角その重要さをしっかりと意識させる魂胆です。ところがその青年は、私の幼稚な腹の底を見透かしたかのように馬耳東風の体を貫いていました。終いにはどうしてそこまで拒絶するのかと問いかけ、そこから搦め手で勇者としての意識を芽生えさせようとしたのですが、やれ生活には困ってないだの、やれ身に余るものは受けないのが信条だのと言って、のらりくらりと私の搦め手を躱してしまいました。
暗澹たる表情を浮かべそうになるのを必死で堪え、根気強く説得をしていた最中、主神様の声が響きました。
当然それは青年には聞こえることはないので、私だけがその声を聞いていたのですが、それは耳を疑うような命令でした。
その身体を使って、青年を籠絡してしまえと言うのです。
私は思わずあな恐ろしやと呟きそうになりました。おそらく、あまりにも焦れったくしている私に、主神様は腹をぐつぐつと煮立たせてしまわれたのでしょう。しかしそれは成程確かに頷けるような明暗をわける名案でもありました。
下半身の下世話な御世話をすれば、きっとこのような場所で一人暮らしの青年は女日照りもいいところでしょう。容易く餓えから満たされる感覚に骨抜きになってしまうはずです。ですがそれでは荒んだ魔物となんら変わりがないようにも思えてしまいます。
「……まあ、わざわざ地上まで来てもらった天使様を手ぶらで返す
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