現実は、眼前にあった。
電車の窓と、絵の具の中身を無造作にぶちまけたように見える空。電車内から見上げるそれは、空というより一枚の絵画だった。自分が家出をしているという実感はなく、ちょっと遠出をしている感覚しかなかった。このまま電車の揺れに身を任せていれば、その内、終着駅に親が待ち構えているのではないかと思えてしまう。
それでも、車窓が夥しいと感じるほどのビル群から、次第に山地へとその表情を変えていると、自分はやっぱり家出をしているのだと実感が湧いてくる。
私はこのまま遠方の地まで、電車で運ばれるらしい。唐突に湧いたその実感に、背中に汗が浮かんだ。帰れなくなったら、どうしよう。家出を実行しておきながら、そんな身勝手でどこか他人事にすら思える感覚が、胃の中で滞留するようだった。
車窓が半透明の自分を映し出す。どこか不貞腐れている私の顔は、際限なく膨らんでいく理不尽に対して、ただ受け身になっているだけに見えた。
家出の理由は、なんだったか。
そう、確か。それは些細なことだった。
私の両親は人ではなく、魔物だった。お母さんはエルフ。お父さんはそんなお母さんとイチャイチャと仲睦まじくしていたら、いつの間にかインキュバスになっていたらしい。エルフは、排他的な種族と世間では実しやかに囁かれているけれど、恋に落ちてしまえば、そんなことはなかった。だって、毎日毎日、私の部屋にまで、両親の声が聞こえてくるのだから。
どんな声なのか。それは、ご想像にお任せするとして。
兎も角、そんな声を聞かせられている私の身としては、たまったものじゃなかった。
せっかくの長期休暇だって、私は気が安まらない。
そこで、両親に対して断固抗議の姿勢を取ったのだが、返ってきた返事は、あなたも素敵な人を見つけなさい、だった。
発言に対して何も言い返せなかった私は無様にひしゃげ、ほとんど廃墟以下の様相を呈してしまった。瞬間、自己防衛のためか、自棄になったのかは自身でも定かではないが、私は何かしらの言葉をその場に吐き捨てて、家を飛び出していた。
ほとんど着の身着のまま外へと出た私は、何も考えずに駅へとひた走り、気が付けば電車に飛び乗っていた。駆け込み乗車はご遠慮くださいという、駅のアナウンスが微かに聞こえた気もするけど、そんなことは関係なかった。
久々に全力疾走をしたせいか、両肩を大げさに上下させながら呼吸を整えている間に電車のドアは閉じ、私を乗せたまま、どこかへと走り出した。
「バカみたい」
言っても、この状況が変わることがないのは、十二分に理解していた。電車賃は払えるだろうか。くだらないことがいちいち気になり、脳裏を駆け抜ける。その度に不快な湿度が背中を湿らせ、私は思わず身震いした。
こんな思いをするくらいならば、家出をしない方がよかったのだろうか。先ほど自分を突き動かした衝動がもう、腹の底から消えかけているのを感じて、自分の感情のあまりの脈絡のなさに、当惑した。
その刹那、車窓に映る自分の背後に、お母さんとお父さんの姿を幻視し、再びあの衝動が熱を取り戻して蘇るのを感じた。
冗談じゃない。帰ることなんて、真っ平ごめんだ。
半ば意固地になりかけている思考が、私自身も意地っ張りなエルフの一人なのだと、否が応でも自覚させた。
「間もなく、終点高梁。高梁です。お出口は右側。右側です。お降りのお客様は、忘れ物のないよう、ご注意ください」
気だるげな車掌の車内アナウンスが耳朶をうち、ふと我にかえる。凝り固まった思考を弄ぶうちに、いつの間にか視界には人工物が消え失せていた。電柱の一本すら見つからない、田んぼだけが広がる光景。車窓の枠が、不格好なキャンバスに見えるほど、一面が緑で埋め尽くされていた。そして、唐突に見える、駅。
緑の支配地の中で、唯一違う、人工的な物が視界に入り込む。それはこの場所では、ひどく場違いに思えた。
電車が耳障りなブレーキ音をたてて、止まる。
気がつけば乗客は、私一人だった。
電車賃はなんとか足りたらしく、私は閑古鳥が鳴きそうな雰囲気の駅に降り立った。人の気配がまるでしない、廃墟のような駅。ここまでやってくる人は、ほとんどいないのだろう。
誰かいないものかと、駅の中をくまなく(といっても駅自体が小規模だったので、すぐに探索は終わった)探しても、人っ子ひとりいなかった。
まるで、世界に自分一人が取り残されたような錯覚。そんな馬鹿なことがあるはずがないと、一笑に伏したかったが、やけに錆が目立つ天井の鉄骨や、コンクリートの間から無造作に生い茂っている雑草を見ていると、その妄想も笑えないものがあった。
俄かには信じがたい妄想に、信憑性を付け加えるアイテムといったところだろうか。
駅の外に出ると、そこは辺り一面田んぼ
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