ニュースをつければ、最高気温を更新だとか耳にしたくないような出来事ばかりが嫌でもわかる。太陽は容赦なく強い日差しを地上に注いで、蝉は短い命を存分に謳歌するようにけたたましく合唱を繰り広げる。陽炎がゆらめいて、花火が打ちあがって。盆踊りを踊って、祭囃子に耳をすませて。縁側で線香花火が燃えて、団扇で微かな風を得て。
そんな季節を人は夏と呼んだ。
そんな夏が何より僕は嫌いだった。
そんな夏に、夏休みに外に出るなんてことはしたくなかった。灼熱の熱線に身を晒すなんて、自殺行為もいいとこだ。だから僕は今もこうして、一人部屋にこもって黙々と絵を描いている。クーラーが存分に己の仕事を果たしている涼しい部屋で、絵の具の独特の臭いを撒き散らしながら。
描いている絵は、我が学校の誇る――ほどでもない美術部の夏休み課題のものだ。夏休みに一枚、絵を仕上げて提出すること。テーマは夏。抽象的で曖昧なテーマだからこそ、想像の余地があり作者の妄想、もとい想像力が試される難しい課題だ、と顧問の先生はのたまっていた。
けれど、僕はまったくもってそんなことは感じない。夏は嫌いだけれど、嫌いだからこそ、その情景は至って容易く浮かんでくるし、浮かんできたイメージをセンチメンタルなカンバスに描き込むのは、簡単だった。
描いているのは、海の絵。砂浜があって、少し人工物もある、ありふれたようなものだった。でも、それは色を工夫すれば、言い方は悪いけれどどうにでもなってしまう。
色と色が混ざり合って、まったく違う色になるプロセスは見ていて楽しい。自分の手で作品を作り上げているという実感が持てるし、何より、夢中になれる。
・・・センチメンタルなのは、僕の方かもしれない。いや、前者の意味が明らかに誤用なのは理解したうえで、だ。
気を取り直し、絵の具を陵辱するみたいにぐちゃぐちゃに混ぜ合わせる。一見すると子供でもできそうな作業だけれど、これが案外、難しい。
やっと自分の納得できそうな色ができて、カンバスに筆で自分の思い描いている情景を描いてく。・・・が、どこか納得がいかない。なんだろう。こう、ずれているような感覚がする。たぶん、これはきっと。
「そうね、もう少し海と砂浜のコントラストを強くしてみたらどう?」
ええ、そうですね。僕もちょうどそう思・・・・・・・・・・・・・・・・・。
自分の背後から、突然声がした。今、この部屋にいるのは僕一人のはずなのに。オーケー。冷静に、極めて冷静になろう。こういうときに驚いてしまっては相手の思うつぼだ。ホラー映画とかでよく主人公がパニックを起こしてしまい、さらに危機的状況に追い込まれ、恐怖をさらに増長させる悪循環を起こすけど、まさにこれはその典型的な例だ。落ち着こう。僕は決して驚かない。
まずは現状把握だ。部屋の状況から整理していこう。
僕は絵を描くとき、その時間は家族ですら干渉されるのが嫌いで、窓は閉め切り、ドアの鍵はきちんと施錠している。僕の部屋に鍵をつけてほしいという要望を聞き入れてくれた家族に感謝すると同時に、こんな不法侵入を許すひ弱な鍵を取り付けた家族を恨みたくもなった。
だがそれはもういい。侵入を許してしまった時点で、鍵の安全性を話題にしている場合ではない。
僕がやるべきことはただ一つだ。僕は冷静にズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。無事高校に入学できたときに、両親が祝いに買ってくれた感慨深い物だけれど、今は思いを馳せているときじゃない。
画面のロックを外し、冷静に電話の機能を起動させる。やることは簡潔だ。冷静に1のボタンを二回、0のボタンを一回押す。
最近は不祥事や遅れた対応が目立つものの、比較的早くコール音が途切れ、若い人の事務的な声が聞こえてきた。あとは僕は事の現状を伝えるだけでいいだろう。
警察ですか?不法侵入で――
「待って!私よ!?仮にも美術部部長よ!?」
僕から強引にスマートフォンを取り上げ、慌てて通話を切る我が校の美術部部長、ユウ先輩はいつも通りのようだった。いつものように白磁のような長い白髪をたゆたわせ、いつものように異形の翼を背に生やし、いつものように禍々しい尻尾を揺らしながら、ユウ先輩はそこに、僕の部屋にいた。
リリムという、言うなれば王女の特徴をしっかりと受け継いだ姿。
「いつも通りって、私だとわかってたんなら警察に通報しないで!この歳でお巡りさんのお世話にはなりたくないの!」
魔物娘の時点で、この歳という定義は凄くぼやけたものになっている気がするけど、そこは突っ込むべきところじゃないだろう。マナーというやつだ。いや、それよりも。
人の家に不法侵入してきた輩にとやかく言われる筋合いはないですよ。
「部員の作品の進行状況を把握しておくのは部長のつと
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5]
[7]
TOP[0]
投票 [*]
感想