草野さんによろしくね

 僕の家には、いつ頃からか、メイドが一緒にいた。具体的にどの時期からこのメイドさんが一緒にいるのか、詳しくは僕も知らない。ただ、僕の一番古い記憶を掘り返してみても、彼女の顔が思い浮かぶことから、きっとかなり昔からこの家に奉公してくれているのだとは思う。いつも僕の身の周りの世話をしてくれる彼女。小さい頃から、ずっと僕の世話をしてくれた彼女。おそらく、僕はいくら彼女に礼を尽くしても尽くしきれないだろう。それほどに、彼女の献身は厚かった。僕の人生の一部になっていると言っても、決して過言ではないほどに。
 そんな彼女の名前は、

「草野さん」
「はい、なんですか?代田君」

 草野さん。それが彼女の名前だった。キキーモラの草野さん。決して業務のため、仕事のために拵えたものではない笑顔は、思春期の僕には少し眩しい。なんだかその笑顔を見ているだけで、僕の中の小さな不安が消されていく気がした。それほどまでに彼女は魅力的で、狡かった。

「あの……」
「ふふふ。わかりました」

 人の機微に敏感な彼女は(彼女だけでなく、彼女の種族自体がそうなんだとか言っていた)すぐに僕の前でしゃがんだ。僕のちょっとした言葉に含まれる感情を読み取り、なれた手つきで僕のズボンに手をかけると、一気に足下までパンツごとずらされる。その勢いですっかり勃起した僕の怒張が、彼女の目の前で反り立った。
 いつ頃からだろう――いや、僕が思春期を迎えてからだ。
 僕が思春期を迎えて、男性と女性の違いを知って、そこからだ。僕はいつの間にか、女の人を見ると、ドキドキと心臓が早鐘のようになってしまうようになっていた。自然と漂ってくるいい匂いが、何気ない仕草が僕に干渉してきた。
 それらにいちいち翻弄されることが、とても罪深いことに感じてしまって、僕は罪悪感から気がつけばあまり外出をしないようになっていた。小さい脳味噌を精一杯振り絞ったにしては、懸命で賢明な判断だったと思う。極論、外に出なければ、女の人を見なければこの自分を食べているような苦しさから逃れることができると。僕はそう結論を出して、部屋に篭もるようになっていた。
 だが、所詮は子供の浅知恵。
 僕は、肝心なことを見落としていたのだ。
 そうだ。自分の家には、女性がいるという事実を見落としていた。あまりにも身近過ぎて。灯台下暗しとは、よく言ったものだと思う。
 それでも、きっかけは偶然だった。風呂上りの草野さんとばったり遭遇した僕は、普段から見慣れてしまっていたメイド服のその下に隠されていたその姿に、胸を締め付けられた。大げさかもしれないが、世の中の全ての男を手玉に取れてしまいそうな、凄艶な艶姿だった。
 胸元から下を隠すバスタオルも、ほんのりと上気した肌も、少し赤らんだ顔も。
 そんな姿に、思春期を迎え間もない僕の性が、反応しないはずもなかった。その反応を自覚した瞬間、僕は罪深いことをしてしまっているような気恥ずかしさから、思わず彼女に背中を向けて蹲った。できることなら、このまま早く立ち去ってほしい。そう頭の中で必死に唱えながら。
 変わらないと思っていた僕と草野さんとの関係は、そこから狂々と変わっていった。くるくるくるくる、目まぐるしく、独楽のように回っていた。以前は、包み込まれるような温かい光が僕の目の前にあったのに、今、現在進行形であるのは。

「んっ、ちゅ、じゅっ」
「うっ………ぁ」

 腰が引けるほどの快美感と、醜悪な桃色の明かりだけが、僕を染めていた。やがて、限界点を越えた快楽が、精巣を刺激して精子を無理矢理尿道から吐き出させた。
 びくびくと震える度に吐き出される欲求の塊を、草野さんは嫌な顔一つせずに、ごくりと音をたてて懸命に飲み込んでいた。やがて、唇が肉棒から引き離されて、ちゅ、と一瞬淫猥な水音が耳朶をうつ。飲み干しきれなくて溢れた精液が、口の端に僅かに付着していた。
 それに気付いたのか、そっとそれを手で拭う姿に、心臓を掴まれた気分になった。
 こうしてもらっている時の草野さんは一挙手一投足がいちいち艶かしくて、性欲を逆撫でする。その顔が淫靡な色に染まることも、彼女から漂ってくる牝の臭気も。つまびらかに次々と要因を挙げていけばキリがないほどに。この時の彼女は、今の彼女は淫らそのものだった。理性が掌握されたような快楽を、気がつけば彼女は僕に与えてくれるようになっていた。
 この関係が正しいのかどうかは僕にはわからなかった。快楽に流されている僕がいて、でもその中でもっともっと深い繋がりを求める僕がいる。草野さんと、もっと心まで結ばれていたい。彼女が僕のことをどう思っているかなんて、ちっともわからなかったけど。
 以心伝心なんて四字熟語の存在意義が薄れてしまう現実だった。

「ありがと……草野さん」
「いえ。また
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