A Mad Tea-Party

気狂い仲間のお茶会、なら、仲間はいったい



 この狂った世界にやってきて、どれくらいたったのだろう。時計は使い物にならなくなっているせいで、時刻はさっぱりわからない。いきなり開いた大穴に落っこちて、どうやらその拍子に携帯も落してしまったらしく、誰かと連絡をとることもできない。ならば穴を登って自力で脱出してしまえばと思ったら、その穴そのものが見当たらなくなっていた。まるで、最初からそんな穴がなかったかのように。流石に見落としたということはない。人が一人滑り落ちるだけの大きさの穴なのだから、探せばすぐに見つかるはずだった。でも、僕は現に、今こうして穴を見失ってしまっている。
 時計の役割も果たしていた携帯を失ってしまった僕には、畢竟、八方塞の現状だけが目の前に立ちすくんでいた。
 ここはどこなのだろう。日本には違いないだろうけど、それならば。

「もっとにゃ、もっと突くにゃぁ」
「気持ちいぃです、素敵です、んんっ!」

 日本はいつからこんな国になったのだろうか。所構わず、男女が交わる国に。
 しかも、交わっている男性の方は少なくとも人として認識できるものだったが、女性は、違う。最初は仮装か何かと思っていたのだけれど、律動と共に揺れる尻尾や耳、毛並みはあまりにも現実味があって、それが贋物でないことを示している。
 これは、夢か現かどっちなんだ。いや、夢に決まっている。でもそれなら、この背筋を這う悪寒はなんだ。
 とにかく、ここに留まっていたら危ない。そう思って僕はその場を離れた。全速力で。けれど、どこに行っても嬌声が聞こえてくる。どこにいても交わる男女が視界に入る。
 おかしいおかしいおかしい。
 狂ってる。人外と人とが交わるなんて。それも、皆が皆楽しそうに、或いは幸せそうに。常識からかけ離れすぎていた。理解は追いついても、感情が追いつかない。常識を超えた光景に対する拒絶反応が、身体を支配していた。何としても、ここから出なければいけない。この、どこかから。
 どこか?
 どこだ?

「あぁぁぁクッソ、どこだよここ!」

 叫んで現状が、若しくはあまりにもリアルな夢が覚めるならいくらでも叫んでやりたかった。声を枯らすほどに、喉から血が溢れても構わない。
 とにかく、走らなければ、歩みを止めてしまえば、何かに追いつかれてしまう。狂気とか、そういったものに。
 ひたすらに走っていた僕だけど、やがて身体の中を巡る酸素が薄くなり、心臓が五月蝿く鳴動し、足もガタガタと震え始めて、僕はとうとう走るのをやめてしまった。
 走るのをやめた途端、今まで感じていなかった疲れがどっと押し寄せ、身体を鉛のように重くさせた。足が地面に根を張ったように動かなくなり、口は酸素を求めて大きく開いてとにかく吸って吐いてを繰り返している。その度に肺から熱気が吐き出され、かわりに甘い空気が肺に満ちていった。
 空気すら、毒々しい。
 呼吸をしているだけで、理性とか、情操とか、そういった捨ててはいけないものが溶かされいる気がする。説かされている。
 誰に、という主語はわからずとも、危険だと本能が告げていた。

「どこだよ、ここ……」

 我武者羅にわけもわからず走ったせいか、自分がいる場所がどこなのかわからない。少なくとも、落ちたところからはかなり離れてしまっている。いや、そもそも。僕はこの『場所』がどこだかわかっていないのに、場所がどこだかわからないなんて、妙じゃないか?
 いや、こんなくだらないことを考えている時点で、もうだいぶ精神を侵されているのかもしれない。考えるのも止めだ。少しだけ休んだら、また走らないと。
 だが、休もうにも休めるような場所がない。いや、その気になれば腰掛けられるような大きさの茸や、切り株があるし、それこそプライドを捨てれば地面に寝転がるという選択肢も勿論、ある。けれど、僕は一度見てしまった。
 大きな茸に触れた途端に、男女が発情したとしか思えない勢いで、その場で交わり始めたのを。ここは、この場所は何が起こるかわからない。少女趣味に染められたような色の茸が不気味に見える。切り口から飴色の樹液を滴らせる切り株が怪しく見える。蠢くやけに可愛らしい虫が恐ろしい。脳髄を溶かしてしまいそうな臭気を散らす池に近寄れない。
 触れれば食せば吸えば視れば動けば。
 何が起こるかわからない。
 まるで、不思議の国。
 小さいころに読んだ、アリスの不思議の国のようだった。いや、本家はここまで淫蕩に満ちてはいないけども。

「……」

 精神的疲労のせいか、言葉すら出なかった。いや、それも当たり前か。こんな異常な空間にいて、疲れないはずがない。自分のいる日常とは、違いすぎる。
 精神的疲労は、時よっては肉体の疲労よりも辛い。なんにでも当り散らして、むしゃくしゃし
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