恥の多い人生を送ってきました。とは、有名な小説の一文だが、いざ自分の人生を振り返ってみると、僕の人生にも負けず劣らず恥が多い気がする。
まず幼少時代から振り返っても、早くも記憶を抹消したいと思う出来事で溢れている。例えば幼稚園の卒園式でうっかり寝てしまって椅子から転げ落ちたとか。まあ、ここら辺はまだ許容範囲内だろう。小さい子供のすることだからと笑って済ませられる、良くも悪くも微笑ましいエピソードだ。
そして、無事小学校に入学しての六年間。恥が多いのはここからが本番だろう。僕は恋をした。六回だ。つまり一年に一回は女の子に恋していた。なんとまあ節操がないんだろう。僕の元来の性格なのか、どうやら惚れっぽいらしく、六回と言っても軽い気持ちのものではなくどれもこれも本気でその子を好きになっていたから救えない。軽い気持ちとかの方がまだチャラチャラした男という印象で救いがある。キャラ的に。
なんとまあこの性格、中学の終わりまで直ることがなかった。つまり中学卒業までに僕は九回も本気で好きな人を変えていたのだ。これ、見ようによってはヒモとかジゴロとかより性質が悪い。
そんな他人にとてもじゃないが言えない人生を送ってきた僕も、なんとか高校生になることでその性格を克服することができて、簡単に恋をすることはなくなった。いや、これは克服と言うより抑圧とか、そんな言い方が似合うのかもしれない。
元来の性格にはきっと違いないんだから、それを変えるのは至難の業だ。
と、そんな人生を送りながら高校生活をそれなりに謳歌して、いよいよ迎えた現在進行形の大学生活はひょっとすると一番僕の人生の中で――まだ二十年だけど――充実しているかもしれない。
昼は真面目に教授の講義を聞いてレポートを作り、夜になればアルバイト先の個人経営のカクテルバーに向かって十一時までみっちりと労働。中々ハードスケジュールに見えるけれど、僕はこれが嫌いじゃなかった。
「すまんが少し俺は顔を出さなきゃいけないことがある。ちょいと店番を頼めるか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「悪いな。一時間ほどで戻る」
マスターは悪さをするなよとだけ言い残して、裏口からタキシードに身を包んで出て行った。
いかにもといった雰囲気でいかにもなジャズが流れるこのバーに来る客は意外と少ない。いや、言ってしまっては失礼だけども。
カクテルを作る工程は楽しかったし、お客さんも少ないここでは仕事自体がそもそもあまりない。それでいて給料をちゃんと出してくれるあたり、ひょっとして天職なんじゃないかと思うくらいだ。
今日もきっと客足はいつも通りだろうし、楽なもんだなと不謹慎なことを考えていた時だった。カランコロンとドアに備え付けられた鈴が軽快な音をたてて、少ない客の一人が来店したことを告げた。
僕はすぐに緩んだ気持ちを引き締め、接客モードに入る。楽だからと言っても、それをいい加減にこなしていい道理はない。楽であることと、手を抜くことは矛盾しない。
「……」
そのお客さんは女性だった。きっちりとしたOLらしい服装に身を包み、ショートボブのふわふわした髪の毛が印象的だ。そして、何よりも目立つのはその顔のほとんどを占める単眼。その異様な容貌から、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
きっとサイクロプスだろう。
「…あなた、誰?マスターじゃ、ない……」
どうやら口ぶりからして常連らしい。訝しげに僕を見つめるのも無理はないかもしれない。僕がここの仕事に入ったのはつい一週間ほど前のことなのだから。この不況の時代、アルバイトを見つけるだけでも中々大変だ。
「僕はアルバイトですよ。つい一週間ほど前から入ったんです」
「バイト……?ふぅん」
信用していない、怯えているような視線が僕を撫で、なぞる。どうやら信頼されていないらしい。いや、無理もない。常連さんならきっとマスターが出すカクテルの味を求めてこのバーにやってくるのだろうし。話し相手にもなっていたのだろう。
サイクロプスはゆっくりとカウンター席に腰掛け、また怯えているような視線を僕に寄越した。なんだかあなたは本当に店員なの?と疑われているような感じだ。いや、実際そうなのだろう。決して口に出さない、或いは出せれないだけで。
「すいませんがマスターは今外出してまして、たぶん一時間で戻ると思いますよ」
「サンドリヨン」
「へ?」
「サンドリヨン」
二回ほど同じ名前を言われて、ようやくハッとした。確かそれ、カクテルの名前じゃなかっただろうか。マスターに最低限の種類とレシピは覚えておけと(天職の中で例外的に大変だった覚えがある)渡されたマニュアルの中にあったものの一つだ。
つまり、僕に注文しているわけだ。
僕はすぐにカウンター下の小さな冷蔵庫か
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