クリスマスには、何かしらの魔力が込められているのだと僕は思う。不特定多数の人たちが楽しみにして、不特定多数の人たちが早く過ぎ去れと願うクリスマス。
街に雪花がしんしんと降り注ぎ、宝石を散りばめたような煌々とした光を放つイルミネーションが、夜を彩っていく。まだ十二月の中ごろだというのに、街は嫌気を覚えずにはいられないほどにクリスマスムード一色だ。
僕は、そんなクリスマスに辟易しながら、バイトのチラシ配りを粛々とこなしていた。
別段こういったことでパンキッシュな反骨精神を体現している、とかではなくて。ただ僕としては、バイトでもしないとご飯を食べていけないのが現実問題としてあるだけだ。でもきっとそんな僕も、既にカップル成立している人たちから見れば、負け犬の遠吠えになるのだろう。吠えるだけ。所詮勝ち組にはとどかぬ戯言。世知辛い世の中だった。
別に負けてはいないのに。
淡々とカップルに、道行くサラリーマンに、誰彼かまわずにチラシを配っていた時だ。
見覚えのある手だった。
淡く、冷たく、凍ってしまいそうな肌の色だった。そのチラシを受け取った手に、明文化できない何かを感じ取って、半ば衝動に突き動かされたようにその手を掴んだ。当然、いきなり手を掴まれれば、向こうは驚くはずで、なんらかのリアクションがあるはずだったのだが、それらしい反応はなかった。
なかったというよりは、しなかったというべきか。
僕が手を掴んだ人物は、呆れたような表情を浮かべて、その特徴的ないつも眠そうにしている半眼で僕を見据えていた。
彼女を表す象徴とも言える長いツインテールに、青白い、見る者全てを凍てつかせるような肌の色。そして、何よりも、無機質という言葉が相応しいとすら錯覚してしまいそうな、その彼女が持っている独特の雰囲気。
それが、彼女、グラキエス、雪雪――ソソギユキ――だった。
過去のこと――僕が高校生時代のこと――を振り返ろう。
彼女のこと、雪雪のことを説明するなら、氷の女といういかにもな比喩表現で足りてしまうのが、現実だった。なにせ、いつも無表情、そして窓際の席で誰も人を近づけないような雰囲気を出しながら読書をしていた。
在学中、一年におおよそ三人くらい頻度で男子は口説こうと目論み、話しかけていたがそのどれもが例外なく撃沈。実にわかりやすい撃沈。
「邪魔しないで」
その一言だけで声をかける男子の心をもれなく圧し折ってしまうのだから、それはもう氷の女なんて比喩されるのも、なるほど頷けた。
だが、高嶺の花には手を伸ばしたくなるのが男子高校生、さらに広げるなら世の中の男の性なのだろう。撃沈されても、在学中、彼女に声を掛ける男子がいない年はなかった。一年生、二年生、三年生。
いずれの学年の年でも声を掛けられ、そして鉄壁のディフェンスによって悉く男子を返り討ちにしてきた彼女。
そんな彼女が僕と接点を意図せずして作ってしまったのは、ある日の出来事だ。
いくら彼女が読書好きであったとしても、いくら窓際の席を愛していたとしても、移動をしないわけではない。机に齧りついて一時も離れようとしないわけではないので、時折図書室にいたりだとか、廊下を歩く(下半身は若干宙に浮いているので、浮遊と言った方が相応しいのかもしれない。もっとも、本人は気にしないのだろうけれど)姿を見かけるときがあった。
そんなタイミングを狙って声をかける自称策略家の男子もいたのだが、策に溺れる暇も与えられずに廊下で地に伏せて嘆いた。
彼女は移動の際でも本を手放す気はないらしく、本が友達と言わんばかりに本と一緒に移動していた。
放課後、廊下でそんないつも通りの彼女を偶々、帰宅しようとしていた僕が見つけた時だった。きっとそれも偶々だったのだろう。彼女は廊下のちょっとした段差に躓いて転んでしまったのだ。
偶然僕の進行する方向での出来事だったので、無視して通るわけもいかず、僕は親切心で彼女が転ぶと同時にぶちまけた本の幾つかを拾ってあげることにした。
その本が、曲者だった。
「おっと」
本は僕の足元にまで一冊あり、ブックカバーで表紙を隠されたその本を拾う。ここで釈明しておくと、僕は決して彼女が普段持ち歩いている本の中身を見る気などまったく、これっぽっちもなかったということだ。それは本当に偶々、びっしりと書き込まれた文字、小説の文章が見えただけだったのだ。
粘液、白濁、嗚咽、淫靡、快楽、剛直。
そんな文字がいたるところに散りばめられた小説の――官能小説の――文章が偶々見えてしまっただけだった。
どくん、と、心臓が跳ねる。背筋に微弱な電流が走った気がして、自然と背筋が伸びた。
「……」
文字通り、言葉を失い、そして硬直した。
これはひょっとして彼女
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