ちょいと、昔の話をしようか。なんというか、そんな気分なのさ。そう、月がやけに綺麗だし、酒も美味いしねえ。こういう夜にはちょっとくらいらしくないことをしても、別に仏様から罰を与えられることもないだろうさ。
さて、どこから話したもんかねえ。
そうだね。まずは私のいたところから語ろうか。
アタシは、元々ある遊郭の太夫だったんだよ。え?そんな風には到底見えないって?そりゃそうさ、もう退いたからね。そこの遊郭は、変わり者の遊女が多ければ、来る殿方も変わり者が多くてねえ。
直向に殿方を探すゆきおんなと、直向に一人を見つめた詩人。遊女を抱かないくせによく遊びに来る義賊に、その義賊を捕らえたドラゴン。男を惑わすサンダーバードに、それすら唆して誑かした詐欺師。人に嫌われるのが嫌で村を去ったウシオニと、そのウシオニを庇って村八分にされた青年。
どうだい、変わり者の集まりだろう?まあ、一番の変わり者はそんな遊郭を営んでいた主だったのかもしれないけどね。
まあ、他にも色んな輩が自然と集まって、そりゃあ夜になれば騒ぎには事欠かない遊郭だったもんさ。
そんな奴らがお互いくっついて、遊女の身分から、遊郭から身を退いた後もアタシはその遊郭にいたんだよ。
なぜって、そりゃあアタシの身分は太夫だからね。
太夫はその遊郭の花と言っていい。他の子ならまだしも、アタシがそう簡単に遊郭を離れるわけにはいかなかったのさ。遊郭の主人はそう考えてはいなかったみたいだけどね。
なに?それじゃあ見知らぬ殿方にほいほい抱かれたのかって?
…….あんた、アタシに一度会うだけでどれくらいの大金が吹っ飛ぶのか知らないのかい?ああ、そりゃ知らないって顔だね。途方もない大金だよ。太夫っていうのはそういうものなのさ。
それでもアタシに会う殿方は後を絶たなかったけどね。いや、これは自画自賛ってわけじゃないよ。アタシが龍だったことが原因だろうねえ。
あんた、龍がどんな種族か知ってるかい?いや、まだわからないだろうねえ。雨を降らせるってくらいかい?知ってることと言えば。でも、それがとっても大切なことだったんだよ。
雨は純粋に農作物を育てるのに必要なものだからねえ。その恩恵は計り知れないものさ。そしてその恩恵に肖ろうとする殿方がいるのも至極当然。アタシを射止めようとする人が、どれだけの大金を持ってきたのか、数えていたらキリがない。
でもね、アタシは決して床を共にしようとは思わなかったんだよ。なぜって?
生娘みたいなことを言うつもりはないけど、アタシそのものを見てくれる人に会いたかったんだよ。龍としての部分だけじゃなくて、アタシそのもの。
だから、あの人に出会った時に、決めたんだよ。ずっとこの人となら一緒にいる、ってね。いや、それはちょっと違うかな。
これは花魁がするには、あまりに普通すぎる恋だよ。出会ってその人を知って好きになって。なんてことはない、普通の恋だ。
だから、これからするのは、そんな話さ。
花魁道中。
それはきっと端から見れば、華やかで、花魁という姿の在り様を照らし出すものなのだろう。けれど、アタシはそうは思わなかった。この煌びやかな行進の裏に、何があるのか。それを知っていれば、尚更そう思えない。
結局は誰もがアタシを欲しくて大金を叩いて気を引こうとするだけのもの。言ってしまえばそれだけのものだった。
アタシ自身を見つめてはくれない。それだけのことが、心に大きな洞を作り、決して満たされないような空白でアタシを満たす。
「はぁ…」
誰にも聞こえないように吐いた溜息は、アタシの耳にすらとどく前に、雑踏に混じって消えてしまった。
だが、その溜息の代わりなのだろうか。
「――から!―――で」
「――え。――か」
やけに道中が騒がしかった。
「なんだい?喧嘩でも始まったのかい?……勘弁してほしいねえ」
見ると、恰幅のいい、いかにも金持ちといった男と、若い青年がお互い必死になって口論をしている。それもアタシが出向くはずの曖昧宿の近くだった。
この騒がしい中、殿方を見極めなくちゃならないのかねえ。気が滅入るったらありゃしない。
「あの、殿方、まだ着てないみたいです」
「遅刻かい?……女を待たせるなんていい度胸じゃないか」
「いえ、そうじゃなくて…….」
列にいた童女がおそるおそるといった様子で、口論をしている恰幅のいい方の男を指差した。
「今回の相手の殿方、あの方なんです」
面倒ごとを起こすとは、もう出入り禁止でいいんじゃないだろうかねえ。と、そう思うところだけど、これでも名指されたからには、きちんと果たすべき仕事がある。とは言っても、この口論に口出しするのは領分ではないし、さてどうしたもんだろう。
そう思いながらも、
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