「ん…….」
心地いいまどろみの中から引っ張りあげられる感覚はどうも好きじゃない。なんというか、こう、優しくいたわるような紳士さが足りないと思う。いや、そんな感覚が紳士さを持ち合わせてるとは思えないが。
ただ、寒さも厳しくなってきた今日この頃。もう一度眠りにつくなんてことが罪深いことはないだろう。それくらいに、遊郭の布団の寝心地は素晴らしい。今も聞こえてくる嬌声させ馴れてしまえば、随分住み心地のいいところだった。
どうせ私に仕事なんて来やしないんだから、ぐっすりと睡眠を貪ることにしよう。ああ、堕落しきった生活も悪くない。頭を抱える主の姿が脳裏を過ぎった気もしたが、まああいつのことだ。仕方ないで済ませてくれるだろう。
さて、私はさっそく二度寝の極楽に身を浸して――
「茜さん、指名されましたよ」
うん。何か聞こえた気がしたが、気のせいだ。どこの世界に忌み嫌われ畏れられる私を抱こうなんて酔狂な奴がいるんだか。さてはぐうたらをさせないように主が知恵を働かせたかな。まあどっちにしろ吐くならもっといい嘘を吐くべきだと、今度忠告しておいてやろう。
そもそもだ。私を拾った主ならこんな嘘ちょいと性質が悪いとは思わないのかねえ。耄碌したのかどうか知らないが、忠告ついでに説教もしてやろうかな。
そんなことを考えながら、私は再び甘美な夢の世界へと――
「茜さん!」
「どわぁ!」
いきなり布団を剥がされ、冷えた空気が肌を撫でる感触に私はたまらず飛び起きた。全身の細胞が一気に凍結したかのような寒さに、意識は嫌でも覚醒へと導かれる。
「鬼!悪魔!」
「ウシオニに鬼呼ばわりされたくありません!それよりもお仕事ですよ!」
「ぁあぁぁあああ〜もうわかったよ!一緒に酒のんで楽しみゃいいんだろ?」
「合ってるけど違う!」
「うるせえ時雨!細かいことはいいんだよ!」
ったく。いったい誰なんだ。私を抱こうなんて思うような奴は。着崩れた着物を着なおして、紅を引き、髪を櫛で整えると、殿方を迎える準備は終わった。あとは襖が開くのを待つだけだ。
まったく、どうして私がこんなことしなきゃならないんだが。
思い返せば、長くなる。
ウシオニ、それが私の種族だった。「怪物」として恐れられ、私が村に一度出向けば人は慄き、刃を私に向け、私が立ち去れば人は勝鬨の声を上げる。まあ、「怪物」みたいと言われれば否定はしない。人はちゃんと二本の足で立って、二本の腕で生活するものだ。人とは違う濃緑色の肌に、まさに牛のそれを思わせる巻き角、そして蜘蛛の胴体をそのまま肥大化させた足に腹は、・・・どれだけ美辞麗句、お世辞を繕ったとしても人間とは言えない。
そこに切っても刺してもへっちゃらとくれば、それはもう文字通り「怪物」だろう。
だが、「怪物」が傷つかないかといえば、そんなわけはねえ。身体は傷つかないだろうが、心には、ずきりとくるものがある。
人に嫌われることは、それなりに傷ついた。中には私を庇おうとする奴が一人いたが、そいつも村八分にされやがて村から去っていった。
そんな現状に嫌気が差してぶらぶらと放浪をしていた時に声をかけてきた奴が、この遊郭の主だった。
曰く、うちには似たような子がいるから、きっと貴女も馴染むはずだ。
まあ、それは本当のことだったんでこうして居候みたいに居座らせてもらってはいるが、遊女の仕事までするとは一言も言ってねえぞ。
優男に見えてなかなかしたたかな奴だった。それくらいでねえと、遊郭の主なんて出来ないんだろうけどな。
「いらしゃいました」
襖の向こうからする声に、私は今一度身形を確かめた。今は人に化け、私はヒトになれている。これならまあ、向こうにも不愉快な思いをさせることもないだろ。
「ああ、入って貰ってくれ」
郭詞に未だになれない私は、いっそのことありんすなんて言葉は使わないようにしている。どうもあれ、むず痒くてたまらない。
「それではごゆるりと」
そうして部屋に入ってきたのは、まあ言ってしまえば平凡を絵に描いたような青年だった。遊郭に初めて来たのか、その視線はどこか落ち着かず、身体にも力が入っている。
しかし、・・・どこかで見たことある気がするんだが、気のせいか。
「えっと、…..」
「まあとりあえず座んなって。飲もうぜ」
「あ、はい」
大きめの杯になみなみと酒を注ぎ、私は青年に差し出す。青年はしばしどうするべきか戸惑ったようだが、やがて覚悟を決めたのか杯を手に取ると一気に酒を飲み干した。
なかなかいい飲みっぷりだ。
私も負けじと酒を呷る。やっぱり酒はいい。緊張も解れるし、何より美味い。
「それで?」
「え?」
「いや、するんだろ?」
まさか遊郭に来て抱かない、なんて言いだすんだろうか。そ
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