フレンドブレンド

 学校の屋上。大抵は進入禁止となっているけれど、僕のいる学校は違った。違った、と言うのは進入禁止となっているとかそんなわけではなくて、僕だけが入れるような秘密の場所になっている、という意味で。
 いつぞやこの屋上で出会ったサキュバスに鍵を渡されて以来、僕は暇を見つけてはこの屋上に来ていた。僕以外に誰もいない空間の居心地はとても良くて、貯水タンクの陰に隠れて寝転ぶのは気持ちがいい。秋の日差しと、涼しい風のコンビネーションは、僕を堕落させるのに申し分ない威力を発揮していた。
 転落防止用のフェンス越しに、昼休みにグラウンドでサッカーに興じる男子生徒がちらほらと見える。とある空き教室では、昼間からよろしくやっている白蛇と男子生徒のカップルも見える。魔物娘が学校に編入して以来、ちょっと秩序が乱れかけていると感じるけど、それでも、そんな俗世からはこの屋上は隔離されていた。
 僕はちょっとした優越感を覚えながら、ゆっくりと瞼を閉じる。遠くで聞こえる音が、風の臭いが、少し固いコンクリートの感触が。どれもこれも心地良い。
 少しまだ違和感の残る真っ黒の男子の学生服の感覚も、ここでは忘れることができる。
 授業開始五分前のチャイムが僕の目覚ましになってくれることを願いながら、僕は意識を暗澹に沈め――
 ガチャリ。
 突然の予期していなかった出来事に、僕の意識は一気に覚醒させられた。

「!?!?」

 動揺する頭をしっかりと働かせながら、事態を迅速に把握するべく僕は貯水タンクの陰からこっそりとその音の方向を窺った。
 今の音は、間違いなく屋上のドアが開かれた音だろう。鍵はちゃんと施錠しておいたはずなのになぜ?だけど、そんなことはどうでもいい。もしここに誰かが来るとしたら、来訪者は生徒か教師かのどちらかだ。前者ならまだいいが、後者だった場合最悪だ。
 もし出入り厳禁のこの屋上に出入りしていることがバレてしまえば、僕にとってこれ以上都合の悪いことはない。生徒なら、まだいい。最悪、口封じに何か奢ればいいだろう。幸いにも、この学校にそんなに悪名高い生徒はいない。暫くはここも少し居心地が悪くなるだろうけど、それは我慢すればいい話だ。
 恐る恐る辺りを見渡して、僕と同じ男子生徒の服を着ている人影を見つけた。数は一。どうやら生徒のようだ。よかったと安堵したくなるのをぐっと堪えて、その生徒の動向を見守る。あの生徒がこの屋上から立ち去るまでは、僕は貯水タンクの陰に隠れたままでいなきゃならない。
 その生徒はそんな僕の気持ちを察することはなく、一人でフェンスに手をかけると、それをロッククライミングよろしくよじ登り始めた。

「ん?」

 よじ登ってる?
 なんでよじ登ってるんだろう。フェンスの向こうには僅かな足場のスペースがあるだけだ。あとは精々、転落防止になるとはお世辞にも言い難い、段差くらいか。そんな場所に用でもあるんだろうか。
 と、考えたところで、嫌な予感がした。
 その予感はどうやら的中したらしく、その男子生徒は僅かな足場に身を乗り出して、地上を見下ろしていた。
 ああまずいまずいまずい!

「ちょっと待ったああぁああぁあ!!!」

 僕は慌てて百八十センチはあろうかというフェンスをたった二秒で登り、そして僅かな足場に飛び降りると同時に男子生徒の制服の裾を掴むと、こちら側へと強引に引き寄せた。
 二人して僅かなスペースにもみくちゃになりながらも、まずは無事らしい男子生徒の容態にほっとした。
 男子生徒はと言うと、突然自殺を妨害された僕に向かってぽかんとした表情を向けていた。きっと何がなんだかわからないのだろう。

「えぇっと・・・・・お前、誰?」
「誰でもいいから自殺だけはやめてよ!僕の居場所がなくなる・・・じゃなくて、命なんて粗末にするもんじゃないよ!!!」
「い、いや待て待て!違うんだ!これは決心のためであって!」
「自殺のための決心だなんてまずいって!もっと別のところにその決心を使うべきだよ!」
「いや、だから違ぇって!人の話を最後まで聞け!!!俺は失恋した心を慰めにきたんだよ!」
「やっぱり自殺じゃないか!」
「慰めると自殺は同義じゃねえ!」

 その後散々言い合って、やっと彼の言っていたことがわかった。彼はどうやら同じクラスのゆきおんなの霙さんに恋をしていたらしい。ちなみに霙さんは僕と同じクラスなので、必然的に彼も同じクラスメートになるのだけれど、生憎彼に関する記憶が僕にはなかった。まあ、暇を見つけては屋上にやってきて、クラスに溶け込む努力を怠った僕が悪いのだけれど。
 そんな彼は恋する乙女の如く悩みに悩み、とうとう思い切ってフラれてもいいので自分の気持ちを伝えることにしたのだそうだ。当たって砕ける覚悟で彼は放課後、霙さんの所属している弓道部へ
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